中学1年

三重病院入院編~

「規定の運動メニューをこなしていく中、一か月ほど経って足首の関節を痛めてしまう」

 

普段運動してなかった人がいきなり縄跳びやジョギングといった運動をやり始めたらどうなるか。

 

最初は足首等への負担を考えて少ない数や距離で慣らしていって、

徐々に激しい運動に耐えれる耐性がついてきてから数や距離を増やしていけばいいのではないでしょうか。

 

三重病院に入院して、規定の運動メニューが縄跳び1100回が朝と夕で合計2200回、

ジョギングが1,5km程、

 

縄跳びは最初の1週間位は600回位で、それから数を増やしていって最終的には

中学生は1100回というのが規定の数でした。

(小学生の数は忘れましたが600~800回位だったと思います)

 

毎日かかさずやっていた運動メニューでしたが、一か月ほど経った頃、

 

やはり足首を痛めてしまいました。

 

少し痛い位なら何も言わずに我慢してやっていましたが、

痛めた状態で無理に縄跳びもジョギングも規定の回数をこなしていくと

昨日と比べて痛みが増した。

 

そんな日の連続で日に日に痛みが増していきました。

 

そうなると、運動の時に痛いだけでなく、普段のゆっくり歩く動作ですらも

痛みがズキズキと走るようになり

 

そこまでになってようやく、

「これ、痛めてる状態で無理に続けたら余計に悪化し続けるんじゃないか?」

 

運動メニューを監視している看護師さんに事情を説明して、

数を減らすか休ませた方がいいと提案しました。

 

看護師さんに休ませる決定権は無く、主治医の先生に相談となりました。

 

痛みを訴えてその日の夕方の縄跳びとジョギングは勝手に休みました。

 

まだ休んでいいという返答は貰ってませんでしたが

さすがに歩けなくなる位の辛い痛みまで出たら無理にやらせちゃ駄目でしょ?

 

そう思ってやらずにいました。

 

喘息の主治医の先生に連絡が行くと、足の状態を確認するとかそういうの一切無かったです。

 

症状の確認も何もせずに、いきなり鬼の形相でツカツカと足早にやって来たかと思えば

いきなり怒りの言動で怒鳴りちらすという

 

まあ昭和の脳味噌が筋肉で出来てるんじゃないの??という昭和のスパルタでした。

 

仮病を疑われたのかもしれませんが

 

とにかくめっちゃ怒られて痛かろうが問答無用で全メニューをやらされました。

 

足首が真っ赤になってボンボンに腫れているとか

見た目にも異常が見えていれば、さすがに話は変わったでしょうが

 

関節を痛めた、靭帯を痛めた、とか見た目では解らない症状だと休む事は認められなかったですね。

 

「これは無いんじゃないの???」とかなりモヤモヤしましたが

痛みを我慢していつものより時間はかかりましたが全メニューをやりました。

 

その後何日位で痛みが治まったか覚えていませんが

とにかく痛みを我慢して痛みが治まるまで我慢を続けました。

 

 

 

それが中学1年の10月頃の話でした。

 

その後にまた頭をかしげる出来事がありました。

 

2月頃に入院してきた1歳上の方が、おそらく自分と同じ症状になったのです。

 

足首の痛みを訴え、規定の運動メニューを免除されていたのでした。

 

それには私も頭をかしげました。

 

見た感じ私と症状、それなのに休ませてもらえるの???

 

私の時の怒鳴られてやらされたのは何だったのだろうか???

 

不思議に思いました。

 

 

とにかく自分の時の対応が間違っていたんだなと、

 

間違ったものが正されたのなら良かったかな、最終的にはそう思うようになりました。

 

 

 

中学1年

三重病院入院編~

「学校の作文でしょうもないギャグを書いた同級生、個人的には少し笑ってしまった」

「ビリヤードブーム」

「面会日は家族が弁当を持ってきてくれる、パンやハンバーガーも買って来てもらい楽しみな1日でありました」

「育ち盛りの中学生、食事制限は厳しく感じ、いつもお腹を空かせていました」

「正月休みで1週間だけ実家に帰郷、まだ4か月程度なのに、凄く久しぶりに感じた実家でした、お年玉も多くもらえ、色々買いました」

「正月休み中に病棟内で1番仲の良かった同級生と一緒に映画を見に行く」

「それまで聞いていた音楽はゲームミュージックが主でしたが兄から勧められて色々聞くようになりました」

「腎炎病棟の子と喧嘩になりそうになって殴られても絶対に殴り返さなかった先輩達」

「壁に出来た謎のシミ、消してもまた浮き上がってくるという・・・」

「日曜の昼は退屈しのぎにジグソーパズルをやるのが流行しました」

「喘息の大発作をおこしているのに規定の運動メニューをやらされたあげく亡くなった先輩」

 

中学2年編

「新学期に入院して来た他病棟の子とは凄く気が合う」

「病院から出される食事以外にお菓子などをこっそり食べる裏技の数々」

「結局1度も面会に来てくれなかった兄達」

「3年生は優しい人ばかりでした」

「中3になってビックリマンを集めている先輩から笑われて言われたのが、中2にもなって仮面ライダー見て食事に遅刻」

「あまりに娯楽が無かった事もあり、先輩や同級生も集めていたので自分も集めだす」

「夏休み突入、せっかくの長期休みなのに娯楽の少ない環境では退屈でした、昼寝で怒られる事も多かったです、

規則で昼寝は禁止でした」

「夏休み期間中に入院してから2度目の実家帰り、頭がぽわーんとして何もやる気力が沸かない不思議な感覚が襲ってきました」

「病棟行事の肝試し」

「喘息で亡くなった先輩」

「正月休みの実家帰省、ドラクエ3をやったりする」

「病棟内で結膜炎が流行」

「3学期の中途な時期に仮退院させてもらう事に」

「約1年半ぶりに地元の中学に戻って来た」

「入院生活との環境の大きな変化、そのギャップに苦悩しました」

 

中学3年編

「新学期初日、友人宅に行くと家に誰も居ないようで仕方なく1人で学校に向かう、それが数日続いた、そして転校していた事を知る」

「病院でキッチリ闘病生活からの卒業をせずに退院してしまったのでは、という苦悩が続く」

「三重県の中学で多かった男子は強制で坊主頭という校則、先輩たちが猛抗議したおかげでうちの学校ではいち早く坊主頭解禁となりました」

「うちの中学の伝統のダサい恰好がありました」

「ゲームセンターに行ったら補導員に捕まった事が2回ありました」

1回目は注意だけで済み、2回目は学校まで連絡がいき怒られました。

「威張って自慢話ばかりの隣の中学のヤンキー、自身の学校ではあまりにも嫌われ過ぎて他校の生徒に友達を求める」

「三重病院時代の同級生と学校の先生とで集まって旅行に行く」

「OBの合宿? 夏休みの2日間だけすでに退院した三重病院に入院、小学校の時にやった体験入院のような感じでした」

「夏休みに夜更かし、深夜にやっていた全日本プロレス中継に熱狂する」

「中学卒業直前頃の時期、三重病院には月に1度外来で受診していたのですが病院に向かう途中入院時代の先輩とばったり会う」

 

高校1年編

「高校入学、色々あって3歳上の兄と同じ学校の同級生となる」