スピリチュアルを学び始めた頃、これがやりたいことだと感じた。
仕事としてやって行きたいと思い、様々なツールを学んだ。
色々な師にも出会って、この人みたいになりたいと強く願った。
でも
ここにきて、私は『スピリチュアルをやりたい』訳でもなければ『師のようになりたい』訳でもないとようやく気づいた。
私は『私であるままを楽しんで生きたい』のだ。
会社員でも母親でも妻でも友人でも何もないただの『私』
肩書きを変えたところで『私』を愛し、楽しまなければずっと他を求めるだけになってしまう。
『私』を楽しもう。
『私』を生きよう。
何かをするためにこの世に生を得たなら
私は今、どんな行動をおこすべきなのか
その問いに対して
大いなる愛は
何も行動をおこす必要はないと言った
何かをしようとするのではなく
ただそこにある愛を感じること
そこにある愛を見つめること
そして自分がすでに愛であると知ること
そうすれば自ずと選択が決まってくる
ただただ、自分の愛を信じなさい
と大いなる愛は言った
私は今、どんな行動をおこすべきなのか
その問いに対して
大いなる愛は
何も行動をおこす必要はないと言った
何かをしようとするのではなく
ただそこにある愛を感じること
そこにある愛を見つめること
そして自分がすでに愛であると知ること
そうすれば自ずと選択が決まってくる
ただただ、自分の愛を信じなさい
と大いなる愛は言った
誰かのことを愛のない人だと思うのは
あなたがそう思いたいからだ
その人に愛がないと思いたいのは
その人から愛を与えられない自分を
認めたくないからだ
愛を与えられない自分を認めたくないのは
あなたが自分自身を守りたいからだ
あなたが自分自身を守りたいのは
自分自身を愛しているからだ
愛とは存在そのものだ
ただ、現れ方の純度が違う
それだけのことだ
あなたがそう思いたいからだ
その人に愛がないと思いたいのは
その人から愛を与えられない自分を
認めたくないからだ
愛を与えられない自分を認めたくないのは
あなたが自分自身を守りたいからだ
あなたが自分自身を守りたいのは
自分自身を愛しているからだ
愛とは存在そのものだ
ただ、現れ方の純度が違う
それだけのことだ