ゲイの美容師さん・・・
前回のご対面で書いたゲイの美容師さんに、髪を切って染めてもらう事になった。
希望の髪形は、義理の姉に英語で伝え、姉が彼?彼女?にスペイン語で伝えてもらった。正確に伝わったかは、終わってみないと分からない。ある種の賭けみたいなものだ。おまけに私はものすごい近視&乱視なので、めがねが無ければ切ってもらっている様子もほとんど分からない。
それで、運を天と彼?彼女?に任せて、作業に入った。
まず、ビニール袋の一側面を切って頭巾のようにして、私の頭にかぶせて、その上に頭から唇のところまでをすっぽり覆うゴム帽子のようなものがかぶせられた。この時点で、もう前は見えない。それから、ピンセットか歯医者にあるカギ針のようもので、頭部のいたるところをつっつきはじめた。(見えないから、何をされているかは、想像するしかなかった・・・)正確に言うと、かぶせたゴム帽子を突き破って髪の毛の一部を引っ張り出しているところだった。
始めはチクッという感触ぐらいでツボを刺激しているのかと思ったが、結構力が要るらしく相手も本気で力を入れてきて、本当にしゃれにならないくらい痛くなった。少しで終わるのかと思ったら、気が遠くなるくらい延々続く。平静を装っていた私の口元がだんだん歪んできた。もちろん、痛いからに決まっている。理由があるやっているんだろうと、頭では理解しているのだが、とにかく痛い。心の中では、日本語(方言)で「はよ、やめてよ!」と叫びつづけていた。
特に痛かったのが、生え際やもみ上げなど皮膚のやわらかい部分。もう泣きそうだった。
10分後、ようやく終わったと思ったら、今度は、引っ張り出した髪に何かを塗り始めた。今までの作業は、部分的にむらなく髪を染めるためのものだった。
日本だったら、どういうふうにしていただろう。おそらく適当に手にとって、色を入れていったと思う。それよりはきちんとむらなく染められる。痛みから開放されて、冷静になった私は、その時点でやっと納得できた。
でも、もう一回と言われたら、"No,Gracias."(いいえ、結構です。)だ。
髪の切り方などは、日本とほとんど変わらなかった。仕上がりもいい感じで、いつもと大差ない。
でも、最後の極めつけは、部分的に染めた私の髪の仕上がりをたいそう満足げに、迎えにきた義理の姉に見せていたこと、「ほら、こうするといい感じでしょう♪」とさも得意げだった。
最後に、挨拶のほっぺにキスと"Chao!"で店を後にした。・・・ゲイと毛染め・・・私にはあまりにも衝撃的だった。
最後の最後に、私が日本に帰国して間もない頃、この美容師さんは急逝されたそう。ペルーに帰省したら、もう一度会ってみたかった・・・ご冥福をお祈りします。
ご対面…
言葉が不自由な海外で生活しているなかで、なかなか苦労するのが、美容室選び。言葉がうまく通じなくて、こちらの希望がなかなか伝わらなかったりする。だから、私は歯医者と同じくらい切羽詰らないと美容室へ行く気がおきなかったりする。
でも、周りから日本人と浮かないよう、早めに現地っぽい髪型になっていくのも護身のひとつの方法でもある。そう思って、ペルーへ渡ってから、1ヶ月ぐらいで「髪を切ろう」と思うようになった。
主人の家族に連れて行ってもらったのは、近所の美容室。こじんまりとしているが、なかなか評判は良いらしく、何人かのお客さんが既に順番を待っていた。
中へ入り、そこの店の店長でもある美容師さんを紹介された。結構背丈の高い人で、髪を長く伸ばしてゆるくパーマをかけていて、存在感のあるヒップはまさにボン・キュ・ボン!といった感じだった。ペルーでは、初対面でも女性は頬に軽くキスをするのが礼儀である。"Hola, soy Sachiko."(こんにちは、私はさちこです。)と挨拶をしながら顔を近づけると、そのボン・キュ・ボンの彼女・・・頬には髭剃りの跡が青々としていた。お察しの通り、ニューハーフという人種の方だった。
ペルーは、すべてではないが、美容師には比較的ニューハーフの人が多いそうである。テレビでしかそういう人にあったことが無かった私は、顔には出さなかったが、内心「おい、本物だよぉ・・・」と驚きながら、頭の中でもう一人の自分に話し掛けていた。
もちろん、ご挨拶の頬へのキスもちゃんと交わした。なんとも衝撃的な出会いだった。この後、彼女に髪を切ってもらったのだが、その時のことは次回に書こうと思う。
やっぱり陸続きは違う?!
これは、帰国した時にいつも感じること。じゃあ、古くなったりした車ってどこに行くんだろう・・・
その答えの一つがペルーにあった。ハンドルの位置は違うのに、車体や内装に日本の名残がある(自動車学校の送迎車だったものや、幼稚園バスだったものなど)というマイクロバスに、ペルー滞在中大変お世話になった。乗り合いバス、現地では「コンビ」と呼ばれている。
車体には「BRAZIL」「BOLIVIA」「ARGENTINA」などと書かれている。私は、それを見ながら「さすが陸続きだと違うんだなぁ。南米の国々はつながってるんだ・・・」とリマの大通りの傍らで、他の南米の国々に思いをはせていた。
ある日、「BRAZIL」と書かれたコンビに乗ることがあり、降り立った道に「Av.Brazil」と書いてあるのに、気がついた。「Av.Brazil?ブラジル通り・・・」
そう、コンビの車体に書いてある国名は、国ではなく通りの名前だったのだ。遠く他の国々に思いをはせていた私っていったい・・・
あー、他の人に「このコンビ、ボリビアまで行くの?すごいねー!」なんて言わなくて良かった。
泥棒に入られそうになる
その日の夜、いつもの通り二人で帰宅すると、3階へあがろうとしていた私たちを2階に住んでいるおじさんが呼び止めた。「泥棒が3階へあがろうとしてたから、追い払ったんだよ。ほら、鍵が壊されてるだろう?」と言うのである。よく見ると、ドアの鍵の部分がバールのようなもので壊され、ドアがこじ開けられている。なんでも、泥棒がこじ開けていた物音に、その老夫婦が気づいて、階段で3階へ駆け上がっていた泥棒におじさんが「おい、なにやってるんだ」と声をかけると「上のセニョーラ(奥さん→私?!)が呼んでるもんだから」と言ってきたらしい。おじさんは、朝から二人で外出したことを知っていたから、包丁を片手に「嘘つけ!早く出て行かないと刺すぞ!」と大声で追い出してくれたそうだ。本当にありがたかった。
でも、ウチにはそんな現金なんておいてないし(家財道具を持っていかれたらさすがに困るけど)、わざわざ3階じゃなくてもよかったのでは・・・と二人で考えているうちに、「あ、狙われてたんだ・・・」ということに気づいた。泥棒は私たちが二人で外出したということがわかって、3階へ上がろうとしたのだ。
だんだん気持ち悪さと怖さで、いてもたってもいられなくなった。もしも、一人でいる時にまた来たら・・・と思うと本当に怖かった。どうせこちらの行動はある程度把握されてしまっているだろう。それで、ちょうど翌日が日曜日だったので、主人の実家の近くの空き部屋を探してもらって、その日のうちに引っ越す準備をして、翌日引越しをした。 ウチになんて、金目のものなんてないし、窓を開けても外からはあまり物が見えないように気をつけていたのに・・・と思うと本当に悔しい・・・でも、なぜ狙われたか?一つは私かもしれないと思ったりする。やっぱり、パッと見ればアジア系、日本人にちゃんと見えてしまう。そこら辺ではやっぱり目立っていたのかもしれない・・・格好だって地味だったのに・・・
こうして、2か月分の家賃を引越し先に払って、手痛い出費となったが、主人の実家の目と鼻の先の4階建ての建物の3階に無事に引っ越した。
