『空間の通訳者』のたかはしです![]()
暇つぶし散歩での1枚
No.200 京都 東福寺です。
LEICA SUMMILUX-M f1.4/35mm ASPH.
京都市東山区にある
臨済宗東福寺派大本山
東福寺を見てまわりました。
【気づきポイント】
紅葉を堪能したあと
特別拝観がされていたので
見てまわりました。
本堂を参拝したと三門に上りました。
見晴らしが良く東福寺全体が見渡せました。
東福寺にある室町時代建築の国宝建造物。禅宗様(唐様)、和様、大仏様(天竺様)の建築様式を取り入れており、禅宗寺院としては最古最大最優の国宝である。楼上からは洛南一帯を一望できる。特別公開(現在は3/14、15、16、涅槃会に公開。)門は、五間三戸、二階二重門、入母屋造、本瓦葺、左右に階上へ行くための階段を覆う山廊をもつ。棟高は22m余、階上には壮麗な極彩色の世界がひらかれています。楼上内部は、二本の柱があるほかは広々として、須弥壇上に宝冠釈迦如来、十六羅漢像が安置されている。中世建築では珍しい一面の極彩色が明兆筆で描かれています。京都観光Naviより
次に方丈庭園です。
園側に座り
しばし枯山水を眺めました。
次に龍吟庵です。
龍門の庭、稲妻を模した竹垣など
ユニークな場所でした。
最後に奥の即宗院です。
庭園も綺麗でした。
高台にある東征戦亡之碑も
見てきました。
臨済宗東福寺派、大本山東福寺塔頭。嘉慶元年(1387)九州薩摩藩島津氏久公が、剛中玄柔禅師(東福寺第54世住持)を開山として建立。薩摩藩の菩提寺で氏久公の法名「齢岳玄久即宗院」から寺名とした。創建当時は現在より南に位置していたが、永禄12年(1569)に火災で焼失し、島津義久公が慶長18年(1613)頃再建した。その地は、関白藤原兼実公が晩年営んだ山荘「月輪殿」の跡で、国宝「法然上人絵伝」にも描かれている。寛政11年(1799)発行のガイドブック「都林泉名勝図絵」にも名園として紹介されている。庭園は現在京都市名勝に指定され、紅葉の美しさと千両の鮮やかさで有名である。西郷隆盛公と僧月照(京都清水寺の勤皇僧)は、王政復古を志し、新撰組や幕府の追っ手を逃れこの即宗院の採薪亭で幕府転覆の策をめぐらした。西郷隆盛公はその後の苦難を乗り越え、鳥羽伏見の戦い(慶応4年)から勝ち進み勝利を手中にした。戦いの戦死者524霊を弔うためこの即宗院で斎戒沐浴し碑文を書きしたため、明治2年に「東征戦亡の碑」を建立した。また、篤姫が、近衛家の養女となって徳川家へのお興しいれの際、この即宗院に立ち寄ったと言われる。京都観光Naviより
穏やかな日差しの中
澄み切った気持ちになりました。
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