ありがとうございます。
兄の手術から二日後。
兄の手術から二日後。
母の頸動脈エコー検査で
朝早くから病院に一緒に行った後。
午後からは一人で病院に入院中の
兄を訪れるつもりにしていました。
お天気が良かったせいか
母も自分も一緒に来ると
言いだしました。
全く、予想していませんでした。
母は兄にはしばらく会っておらず、
気持ち的に辛くて
会いに行くのはまだ先だろうと
思っていました。
多分、私が一緒だからということ。
多分、私が一緒だからということ。
そして兄の様子が精神科にいる時よりも
コミュニケーションが取れている等。
ポジティブな要素を主に
報告していたからかもしれません。
母は外にあまり出ておらず、
前の年に比べて
母は外にあまり出ておらず、
前の年に比べて
歩く速度も体力も落ちていました。
地下鉄に乗って、
駅に歩いて行って
駅に歩いて行って
電車に乗り継ぐのも
ひと仕事。
病院は駅から歩いて5分か
病院は駅から歩いて5分か
そこらなのですが・・・。
もう電車で駅に着くだけが
精一杯。
特急は止まる駅でも
タクシー乗り場があるような
大きな駅ではないので、
タクシーを見つけるのが
一苦労。
わずかの距離なのに
タクシーをというのも
気が引けましたが、
こればかりは仕方ありません。
幸い、どの運転手さんも
「すぐ近くですが」に
心よく対応いただきました。
兄は母に会えたことを
明らかに喜んでいました。
何度か父に「お母さんは?」と
聞いていましたから。
ただし、困ったことに・・・。
この日は会って以来初めて
以前からある兄の傾向が
出始めていました。
兄の話すことがどうしても
過去に受けた苛め、
過去に受けた苛め、
差別への強い反発、怒りの言葉、
精神科での扱いの不満等が
主に口を衝いて出てきて。
入院前の兄の精神状態と
変わっていない。
そういう部分があると
どうしても人との関係が難しくなる。
そうなると・・・。
そうなると・・・。
兄を救出したくても
難しい。
父に兄が以前よりも
穏やかになっているようだと
言ってあったのだけど。
「やっぱり変わってない。
だったら難しい」と
父に思われるだろうなあと。
言っても何にもならないのは
分かっていても。
つい兄に「もう大学を出たという
プライドとか要らないし、
差別、苛めに対して闘うとか
差別、苛めに対して闘うとか
そこから降りた方がいいよ」と
言ってしまいました。
母が兄をかばうように
「プライドは大事よ」
「あなたは人から愛されて
愛されたというプライドを
大事にしなさい」等と
言っていたのには
「ああ。。。」と。
トンチンカンなことで
兄と変に同化するように
トンチンカンなことで
兄と変に同化するように
お互いの傷を舐め合うという
母と兄の悪循環。
過去、それを二人の中で
散々繰り返した揚げ句。。。
そこへの何とも言えない思い。
ただし、兄が2年半も
精神科のあの状態、
何のカウンセリングも
治療があるわけでもない
大量の薬で大人しくさせ
何もすることがない中で
過ごした時間を考えると・・・。
簡単に良い方に変わるなんてことが
起きるわけはない。
それよりも兄の精神が
ここまで保っていられること自体が
不思議としか言いようがないのです。
ここまで保っていられること自体が
不思議としか言いようがないのです。
最後までお読みくださいまして
ありがとうございました。