母親に許され、認められるのを待っているのでは、
いつまでたっても、何も変わらない。
今は、それを諦めて、前に進む。
私が感じたものを信じ、
私が考え、
私が決め、
私が行動する。
私が信じたものを信じる。
こどもの頃は、いい子でいて、
母を安心させることが、
私の純粋な喜びだったし、
経済力もない子供の私が、
母に対して唯一できることだった。
だから、それは、間違ったことではなかったと思いたい。
でも、その「母のため」が苦しくなりだしたのは、
中学生の頃から。
始めのうちは、
自分も嬉しいことだったけど、
自分の進路とかを考える年頃になり、
自分のなかで
「自分」と「母」とがぶつかり始めた。
心から誰かのためを思ってすることは、
純粋な喜びのはず。
ずっと、苦しかった。
もちろんよろこびもあったけど、
純粋な喜びをいつのまにかどこかに落としたまま、
使命感や義務感を抱えて走っていた。
もう、こどもじゃないのだから、
こどものころのやり方とは違うやりかたで、できることがあるはず。
もう一度、優しい気持ちで母に接するために、
私が、変わらなくちゃいけない。
きっと正しい道だと信じたい。
答えを見つけた気がします。