文字や活版の持つ美しさにいつも見惚れます。
特に日本語。
ひらがなの丸み、漢字の留め、払いの美。
かたちやつくり、音の響きも日本語はこの上なくきれいな言語だと思う。

ここ青山歴史村は、「桂園舎」と3棟の土蔵、旧澤井家長屋門からなっています。
篠山市指定文化財である蔵の書物が豊富で、たくさんの版木も飾られ丹波篠山の文学を語る上でもっとも欠かせない場所ではないかと個人的に思っています。
ちなみに青山歴史村は、東京と丹波を結ぶゆかりのある場所でもあります。



篠山藩主青山家は、かつては松平広忠・徳川家康の2代に仕え、6代目‪青山忠成(あおやまただなり)は江戸奉行・関東総奉行を兼任した人物でした。

江戸奉行時代の領土は青山氏の名前にちなんだ地名で呼ばれ、それが今の東京・青山の地です。

その後、青山氏は丹波国亀山に国替えとなり、さらに、篠山へ移され、 以後、明治維新まで篠山藩主としてこの地に存続したのでした。
遠く離れて一見何の関わりもないかのような東京と丹波篠山ですが、きちんとつながっているのです。



藩の2代目青山忠高は、儒学者を登用して藩校・振徳堂を建設し、藩士の教育と文化発展に努めたそうで、4代藩主・青山忠裕はさらに藩校を増築し、青山家の功労はのちの篠山の発展には欠かせないものとなりました。

こちら青山歴史村には、そうした藩校の資料もたくさんあるので必見です。


どこかほっとする旧校のような造り。
旅先で寺子屋のような施設があれば、ちょっと寄ってみたり
どういう分野に力を入れ、そこからどんな人物が商業や地域に貢献しこの街を栄させて行ったかが垣間見えます。


こちらは全国的にも珍しい藩士の教育のために印刷し刊行した、漢学書関係の版木(印刷するために彫られたもとの判)の原本で篠山藩が翻刻したもので、篠山市指定文化財です。
そう、私これを見に来ました!!
以前見に来てとても感動したのですが、その時は「撮影禁止」で撮れませんでした。
どうしても紹介したいと思っていたのですが今回行ってみたら撮影許可となっていて嬉しい。


当時300名という若き生徒が、身分の分け隔てなく教養のため志高く学んでいた篠山藩校「振徳堂」のようすが伝わる貴重な資料です。
なんと1200枚以上という版木が大量に保管されているんですが、間近で見ても保存性が高い!
堅くて歪みにくい桜材を使用しているためだそうで、版木は当時そのままの姿で保たれています。


わずか六万石の小さな藩だった篠山藩ですが、教育意識の高さがうかがえる膨大な資料です。



眺めていて飽きないこの手彫りのクオリティ。
字というか漢字に自分は異様な執着があって。今回も前回同様、版木の美しさに惚れ惚れと見惚れてしまいました。




こちらは調印の際に押されていた藩印。
もちろん現物ですよ。



たっぷり版木の桜の匂いを嗅いだ後は、青山歴史村で体験できる、「版木体験」(一回100円)を。
事前に申し込んでみましたが、参加者があまりいないとかで当日受付もしていらっしゃるのだとか^^;
それでも受付時間がありますので、興味があれば、まず問い合わせてみてください。


「版木体験」って何かなー?
彫れるかなー?とワクワクしていましたが、


こちらではあらかじめ用意された消しゴム判にインクをつけて、紙にバレンで押すだけでした・・・><
えー! 味気ない(爆)!!
これ、彫らせてもらえませんかね?
これだけで「版木体験」とは正直言えない気が^^;
しかし、バレン懐かしいなあ・・・日本画クラスでもよく使った。


見本帳。美しい字。


体験は一人でできるしあっという間に終わりますよ。
さて、帰り際お庭をぶらっと歩いてみました。
可愛らしいタッチのこの大きな絵は、「鼠草子絵巻」のレプリカで、鼠草子絵巻自体は、篠山市の指定文化財になっています。


鼠を擬人化した室町時代の民衆風俗の絵物語で、お嫁入りにまつわる不思議な物語になっており、別棟の版木館二階と桂園舎にも詳しく説明があります。仏教色の濃い教訓性のあるストーリーです。
日本昔話の原点のような物語には、人間のさがであったり、一族の結託など当時の風俗が色濃く表れています。

篠山藩主青山家に伝わる長さ26メートルにも及ぶ御伽草子で、右から左へと物語は進んでいくのだとか。



左奥には符号が刻まれた石垣の石が置かれていますよ。
符号は篠山城の築城にあたって、伐り出した作業をした大名たちが「俺が作業したのだよ。」という顕示欲のようなものでサインしたと言われています。
篠山城の二の丸あたりにもたくさん符号ありの石が見つかります。


こちらは「金櫃(かねびつ)」だそうです。
篠山市指定文化財で、篠山藩政時代に使用していた石でできた金庫にあたります。
篠山城の大手門馬出の北側(今は三井住友銀行篠山支店の敷地)には、篠山藩の金融取引を行っていた掛所があったそうで、その土蔵があった床下の土の中にこちらが埋まっていたのだとか。
石は花崗岩の板石を組み合わせた形の櫃で、縦216㎝×横120㎝×深さ70㎝と意外と大きく、石の厚さは12㎝もあります。頑丈ですね!
昔は金庫があったところに今は銀行があるというのも、何か土地として意味があるのでしょうか。
面白いですね。


青山歴史村


兵庫県篠山市北新町48
079-552-0056


あいたい兵庫
兵庫県