銭湯行ったことある?
ございます^^
水道料金が高い町 で 和紙作りに 上流でお水を大量に使うこともあって
民家に当時おふろがあるおうちがすくなかった ので 町内に
銭湯が2軒ありました
なので 小学高学年で お家が新築になるまでは
銭湯に行ってました
いまは この職を生業にするひとも みなくなってしまったかも・・・
「さんすけ」さん
お風呂で背中を流してくれる ひと らしいのですが
能登半島の予習をしていたときに
半村良先生の エッセイに 綴られていた
全国の銭湯の経営者は 能登出身者が 多いって
能登の三助 と呼ばれた人たちが 銭湯の経営者になっていって・・・
まだ 20代前半のあたしは
さんすけ・・・って だれっ? みたいな
そんな折 修学旅行で 乗泊の宿は 小さなお宿
大浴場もなく お風呂も男女共同・・・
ちょっと ・・・とおもってたら
後輩が 「ここの近くに銭湯ありますよ いきましょうよ」って
ことで 5人で 銭湯に 「能登湯」って かいてあった
福井弁で おしゃべりしてる あたしたちに
番台のおばさんが 「北陸からきたの?」
「ことばが なつかしいわぁ」って
輪島の出身だったらしい・・・それで 能登かぁ
そこで 遠い記憶がよみがえて
半村先生のはなしまんざらでもないな と・・・笑
能登の三助は 平家の落人が隠した財宝の在りかを探していたんですって
能登の時国家の財宝をかくした在りかは
嘆き鳥が飛んで行った方向だ という 暗号文があるんですって
その 嘆き鳥の方向を示す あざが 時国家の 歴代の長男の背中にだけ痣として
残り出る とゆうんで 能登から かくちへと 散っていった
その痣を持つ人を探すため
三助という職業ができたんですって
まことしやか ですが・・・・
高い煙突があった 銭湯もつぎつぎ姿を消して
あたしの生まれた町の 銭湯は2軒とも 暖簾をおろしてしまいました
