人とコミュニケーションを取っていて、
相手が無反応になる瞬間って、
一体何が起こっているのでしょう??
メールやメッセージなど、
文字でのやり取りで起こりがちなことだけど、
突然、返信が止まってしまう瞬間、ありませんか?
私自身の体験でいうと、
2年前にクラウドファンディングを起こしたとき、
友人知人大勢に連絡をしたら、
普段仲良かったはずの人まで、
返信をくれない、ということが起こった。
もちろん、
がんばって!
応援してるよ!!
と言ってくれる人もたくさんいました。
だけど、
一言の返信もない人が圧倒的に多かった。
そのときの私のマインドは、当然ながら、
金の無心だと思われたんだ、
変なヤツって思われたんだ、
こんなことするべきじゃないんだ。
そういう自己否定でした。
別に、悪いことしていないのに。
やりたいことを宣言しただけなのに!
2年前の私に対して、
今の私ならば、
もっと自分が発信すべきことを伝えられるし、
メッセージの送り方も変えられる。
素直にお願いする気持ちも持てるはず。
そんな風に思います。
ちなみに、この記事がクラウドファンディングを始めたときの私の記事。
見直すと、今とまったく同じこと言ってますねwwww
わかってはいても、どう行動すればいいのかわからんかったんだろうな!ww
このブログも、実はクラウドファンディングを始めるために、作ったのでした。
懐かしいな。
なぜ、2年前のことを思い出したのかというと、
先日、友人から「舞台に出るから、ぜひ見に来てほしい」という連絡があったことを思い出したからです。
このメッセージに、
私は返信してなかったんです![]()
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そのことを急に思い出した。
それで、さっき返信をしたのです。
グループLINEだったので、
自分が行きたいと思っていること、
他に行ける人、一緒に行こう。ということ。
自分が、
応援してほしいと思ったときに、
応援をもらえなくて、
すごく悲しくて寂しくて悔しい思いをしたのに、
自分以外の誰かが、
同じ思いをしているのに、
応援しない自分がショックだった![]()
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結局、
自分が応援できないから、
自分も応援してもらえないんじゃないかな。と思うんです。
誰かの「応援してほしい」という気持ちに対して、
少なからず、言葉以外の応援を出すのって、
ちょっと抵抗感を抱くことがある。
多くの場合、
それは、「お金」なんだけど。
この人、
ただでお金出してもらえると思ってるんじゃないの?
世の中、そんなに甘くないよ。
心の奥の方で、そんな風に思ってたりするのかも。
でも、応援したくないわけじゃないんだよね。
できれば、応援できる自分でいたい!
だって、
言葉でならいくらでも「応援しています」って言うんだよ。たぶん。
今回は、それすら誰も返信していなかったけど。
こういうの、
めちゃくちゃ気持ち悪いよな! って思う。
お金を出してほしい方も、
素直に、
自分はこれだけ、こういう努力をしているから、
ぜひ、それを見てほしい。
お金はかかってしまうけど、見てほしい。
後悔はさせないから。
そういう気持ちを伝える努力をした方がいいし、
受け取る側も、
お金を出せないなら出せない。
出すなら出す。で、
何かしらリアクションをした方がいい。
舞台に出るよ、という情報と、
チケットの購入の仕方
というふたつの情報が送られたとき、
私の心はギクリと固まった。
とっさに湧いた感情がいくつかあるんだけど、
その色んなものを、どう言葉にしていいかわからなくて、
身動き取れなかった。
だから、
誰かしらの反応を待とう、と思った。
それにならって、自分もリアクションしようと思ったから。
卑怯だな!
今思うと、めちゃくちゃ卑怯ですね。
で、このときに、一体どんな感情が私に行動させなかったんだろうって考えてて。
これは、人によって違うと思うので、私の場合。
- 単純に羨ましい!(私も目立ちたいのに!ずるい!)
- お金払いたくないな
- 自慢してんの??
みたいな感じかなぁ。
我ながら器が小さくて悲しい。。。
でも、これはめちゃくちゃ素直な感情です。
それを上回るくらいに、
というか、
そう思ってしまう理由は
友達が努力していたことを知っているから
なんだけどね。
そして、その努力と自分を比較して、
私は努力もしてないし、
彼女のような才能もないし、
ひとつのことに集中することもできない。
成果もあげられていない
私には何もないのに
そんな、何もない私から
お金を取るの!?
って思ったんだ~~~悲しい~~~~~!!!
ちいせ~~~~~~~~~~~~!!!!!!
自分が何かを始めようとしたとき、
同じように何かをしている人や、
欲しい結果を手にしている人を見ると、
その人を応援する気持ちが急に消失してしまうことがある。
同じように、
お互いに成長していこうとする、
この地球で出会った貴重な友人なのに、
ライバル視して、
くだらないプライドを守るために、
自分の世界から排除したい気持ちになる。
器が小さくて、
認めたくないのだけど、
こういうことが、
私の世界ではすごく起こる。
自分を生きようとして、
存在を表明し始めた人を見ると、
羨ましくて、
悔しくて、
私だって本当は……!
あの人より私の方が!
そういう感情が沸き起こって、
応援する気持ちがなくなってしまう。
無意識に、
他人をジャッジしまくってるし、
マウント取りまくっている。
めちゃくちゃ情けない!
かっこ悪いな。
実は、今も私の世界ではそういうことが起こっていて。
私自身が、
こういうことをやりたいんです!
って伝えたのに、ノーリアクション。みたいなことが起こると、
私は、その相手を心の中で
ちいせーやつだな!
って、ジャッジメントする。
なんか反応しなよ!
って、相手を批判している。
でも、本当はそうじゃないんだよな。
私が、相手を応援していないんだ。
他人からの応援なしで、
成果を出さなきゃ認めないって私が思ってるんだ。
だから、
私自身も応援してもらえない。
だって、
応援なしで成果ださなきゃ認めないから。
私は、
もっと、もっと、
人を応援していきたい。
私のやりたいことって、
私自身がやりたいことをやって、
それが誰かのためになることだったじゃん。
私のやりたいことって、
誰かのやりたいことや、夢の話を聞いて、
勝手に感動させてもらうことだったじゃん。
私こそ、お金を出さないで、
いいとこだけ体験しようなんて
せこいことを考えていた。
だって、「お金」が欲しくて欲しくてたまらないから。
これについては本当に物理的に困るんだもの、
お金がないと生活できなくなるから。
これはまた別の機会にお話するけど、
いわゆる割と成功してるぽい人たちって、
みんな結婚しているわけですよ。
努力だチャレンジだって言ってるけど、
最悪、パートナーいるじゃん。って思う私がいるわけですよ。
私は、本当にひとりなんだぞ、ふざけんな! って思っているんですよ。ずっと。
でも、そのことと、
私が人の話を聞いて、
うわーすげー!って感動することは別だ。
今まで、
自分が誰かのセッションを受けたり、
ワークショップに参加したり、
お話を聞きに行ったりするのって、
確実に自分が持っていない何かを与えてくれそうな人
を選んでいたんだけど、
それがすでにジャッジメントだったな。。。
自分で言ってたんですよ、私。
賢者は石からでも学ぶ。
って!!!!
これ、どういう意味かというと、
自分の目の前に起こることは、
たとえ、石ころひとつでも意味がある
ということだと思うのです。
なのに、
私は目の前に転がってきた
あまたのワークショップやらセッションに対して、
これはいい
これはダメ
と、今までのちいせー器な自分の頭でジャッジしていた。
すでに、
自分の可能性と選択を狭めていた。
もーーーーーーーっ!
というわけで、
目に留まったら、
気が付いたら、
聞こえてきたら、
ジャッジメントせずに、
自分をそこに連れていく!
ことを、実践してみたいなぁと思っています。
たくさんの人に出会いたいんだ。
自分から会いに行く選択を忘れちゃだめだ。
色んな人に会いに行きますよ!
良きタイミングで、
出会えるのを楽しみにしています♡
そんなtomocoってどんな人か……を知るもうひとつのきっかけに、
インスタグラムもぜひ見てやってください♡
一応、写真もやっているので、
たまに良い写真載せます(たまに)
そんな私が、今提供しているプログラムはFrontier SPとして用意しています。
Frontier SPに、自分が今までやってきたこと、




