2016年のゴールデンウィークは長野県佐久市を訪れました。佐久カトリック教会の主任司祭であるオランダ人のルカ神父さまのご親戚の方がオランダからお越しということで、私が手作りしたライ麦パン4個を持って行ってきました。

ごミサの後の茶話会で少しお話した女性の信者さんが時々私のブログを読んで下さっていることを知り驚きました。でも、とても嬉しかったです。特に嬉しかったのは、私のことをユダヤ教徒だと思い込んでいて下さったことです。私の師匠である赤尾光春氏には敵いませんが、それでも今までユダヤ教正統派シナゴーグに通いユダヤ教について勉強してきたことの評価ですもんね。有難うございました!ユダヤ教徒になることはないと思いますが、また佐久カトリック教会に遊びに行きますので宜しくお願い致します♪ユダヤ教徒になるとイエス・キリストが救い主とされている場所に立ち入ることができないので不便です。



今回は、中村さんと井出さんという女性の信者さんが佐久市内を案内して下さいました。貴重なお時間を私たちの為に割いて下さり有難うございました!

曹洞宗洞源山「貞祥寺」に行きました。佐久市内にこのように古く立派な三重塔がありました。東京の浅草「浅草寺」にある五重塔のように目立つことがなく隠れ家的に建っているので、建立された当初のまま修復されずにこのような美しい姿を保つことができるのでしょうか。知る人ぞ知る三重塔という感じがします。



曹洞宗洞源山「貞祥寺」の敷地内にある島村藤村の家も見学することができました。ルカ神父さまとご親戚の方々3人で合同撮影をしました。



次に訪れたのは重要文化財・国史跡「旧中込学校」です。恐らく一般的に比較すると佐久市よりもお隣の軽井沢市の方が有名ですが、このように曹洞宗の古いお寺があったり明治時代に建てられた儀洋風学校があったりして軽井沢市が開拓される以前は佐久市の方が栄えていたことが分かります。



戦前生まれのルカ神父さまも子供の頃を思い出し、オランダの小学校に似ているとおっしゃっていました。



第二次大戦前のオランダでもノートを使わずに各々が黒板を使って勉強していたそうです。恐らく昔は紙は貴重品だったのでしょう。日本でさえトイレ紙は黒チリ紙を使用していたり、私の子供の頃も幼稚園の連絡はわら半紙に印刷されていたくらいですから。



第二次大戦前にオランダでは黒板消しはなかった為、肘で書いた文字を消していたそうです。結局、儀洋風学校というのは建物が洋館というだけでなく授業の仕方も西洋のやり方を真似たものなのですね。



日本のどのキリスト教会にもありそうなアンティークなオルガンがいくつもありました。



ルカ神父さまが京都市内にある「26聖人ゆかりの地フランシスコの家」の館長をされていた頃にあったオルガンに似ています。



箱階段の気をつけないと滑って転びそうな急な階段です。



新幹線が停車する佐久平駅から佐久カトリック教会がある中込まで走っている小海線も明治時代からあったんですね。



ルカ神父さまのご親戚であるソフィアさん、身長180センチでモデルのように美しい方です。ルカ神父さまのご一家は北欧系というか典型的なゲルマン系一族で皆さん長身でキレイですね♪



菜の花畑へも行きました。



その近くにヤギを飼っている試験場もありました。ルカ神父さまが毎回軽井沢教会へ行く際に通る道からこのヤギ牧場が見えるらしく、ずっと以前からルカ神父さまはヤギの近くへ行ってみたかったようです。明治時代にこの軽井沢周辺を開拓し始めたお雇い外国人の技術者や牧師がこの土地を気に入ったことも何となく理解できました。京都市内にある「フランシスコの家」が壊された後、こうして何かのご縁で故郷オランダのような長野県で晩年を送ることができるルカ神父さまはきっとお幸せでしょう♪