





『職業としての小説家』村上春樹著、スイッチ・ハブリッシング。
村上春樹氏が、どのように小説を書いてきたか、何を思いながらこれまでの小説家の道を決めてきたか、これから何を考えているか、素直に書いたエッセイである。正直な思いだろう。
正直、素直過ぎて、文芸界でも特別に取り上げようもないのかもしれない。多分おおくの方が読んでいるだろうから取り上げる必要もないのかもしれない。
『MONKEY』に連載した七回に書きおろしの五回分で全十二章でできている。
第一回 小説家は寛容な人種なのか
第二回 小説家になった頃
第三回 文学賞について
第四回 オリジナリティーについて
第五回 さて、何をかけばいいのか?
第六回 時間を味方につけるー長編小説を書くこと
第七回 どこまでも個人的でフィジカルな営み
第八回 学校について
第九回 どんな人物を登場させようか?
第十回 誰のために書くのか?
第十一回 海外へ出て行く。新しいフロンティア
第十二回 物語のあるところ・河合隼雄先生の思い出
さて、ご自分で読んだ方がいいだろうから、詳細は書かない。まず、文学論ではないので、そのつもりで読まないといけない。印象に残ったのは、書きたかったら書きなさい、好きなことを好きなようにすることです、長編小説を書くには体力と毎日毎日の持続力が必要です、挑戦すべきことがあるなら挑戦するほうがいい、次は自分自身の中を探っていくことをしたい・・・ということである。
体力のために毎日一時間走る・・・この自己の体力維持の意志力、これが継続して長編小説を書くのに必要だということ、多分すべての仕事について言えることだろうが、この意志力の必要性を感じさせてくれる。村上春樹という小説を書き続けている人間を知るにはわかりやすい一冊である。
そして、『1Q84』、『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』が書かれる背景が推察できる。。
『本の読み方』『小説の読み方』平野啓一郎著、PHP新書。
『本の読み方 スロー・リーディングの実践』が2006年。続編になる『小説の読み方』が2009年の発行である。
平野啓一郎氏が『日蝕』で芥川章を受章したのが、1999年である。三島由紀夫の再来と言われたが、わたしが三島由紀夫の作品を読んだのは、彼が1970年に自殺する頃からの高校大学時代の数年間で、『日蝕』を読む20年以上も昔になる。だから、三島由紀夫の作品の記憶が薄くなっていたのか、『豊饒の海』の文章の濃さが合わなかったのか、正直『日蝕』を読んだ時、そのストーリーと描写は三島由紀夫よりわたしには好ましく思われた。
それに加えて、平野啓一郎氏の短い評論を読むと全く違和感なく受け入れることができたので、彼の評論を読む時には全く緊張無く味わうことができる。
それで、今回、少しずつこの二冊を読んだ。わたしは同時に何冊かの本から、その時の気分・雰囲気・体調で一冊を選んで、区切りが良いところまで読んで、しばらく放置する。そして、しばらくしてまた、読み始めた時に、前回まで読んだ内容を記憶しているなら前回までの読み方は間違っていなかったし、その本との相性も良いと考えることにしている。本の問題でなく、こちらの理解度、気分で、その内容をどの程度自分のものとして理解できるか、全く違う結果になるからである。
だからこの二冊も、リビングや寝室を行ったり来たりして、少しずつ読んだ。
『本の読み方 スロー・リーディングの実践』の序文にこうある。「読書を楽しむ秘訣は、何よりも、『速読コンプレックス』から解放されることである!」「本当の読書は、単に表面的な知識で人を飾り立てるのではなく、内面から人を変え、思慮深さと賢明さをもたらし、人間性に深みを与えるものである。そして何よりも、ゆっくり時間をかけさえすれば、読書は楽しい。」
内容は下のようになる。
第1部 量から質への転換を-スロー・リーディング基礎編
第2部 魅力的な「誤読」のすすめ-スロー・リーディングテクニック編
第3部 古今のテクストを読む-スロー・リーディング実践編
第3部では、夏目漱石の『こころ』、森鷗外『高瀬舟』、カフカ『橋』、三島由紀夫『金閣寺』、川端康成『伊豆の踊子』、金原ひとみ『蛇にピアス』、平野啓一郎『葬送』、フーコー『生の歴史Ⅰ知への意志』を例にとって、実際に読み進めつつ、理解の仕方を説明している。
こういうとらえ方があったか、表現の仕方としてこういう隠されたところがあったかと気づかされるところが多い。読む方法としてだけでなく、書く方法を学ぶにも役立つのではないだろうか。
『小説の読み方』は下のような内容になっている。
第1部 小説を読むための準備-基礎編
第2部 どこを見て、何を語るか-実践編
第2部では、九作の小説を引用している。
小説を読む時に、そのメカニズム、作者にとってどのような人生の変化の中でその小説が書かれたか、社会・文学の歴史の中でどのような位置づけにあるか、作者は読者にどういう意味を与えたいのか?あるいは作品は読者にどういう意味をもっているのか?という視点で読み進めていく。その読み方を実際の作品九作から引用しつつ説明している。
読み方だけでなく、書くための教科書にもなっていると思う。
実際に読んでご自分で体験するしかない。小説をもっと知りたい、あるいは書きたいとと考えている方にもおすすめではないだろうか。




『傷だらけの店長』伊達雅彦著、新潮文庫。
大学在学中に書店でアルバイトを始め、大学卒業後、そのまま社員になる。35歳で店長になり、44歳で退職。現在50歳、どうしているのだろうか。
店長になり、休みを取れず、毎晩閉店までの仕事、給与はあがらず、アルバイトを説得し、本部からの数値目標を達成するために苦労し、出版社や取次店が要求する売上実績をアップさせるための計画が金太郎飴の書店を作ることだと反発する、本を求めるお客さんの要望に応えるために絶版本は古書店で探す・・・お客さんにとっては最高の店長である。彼が、本部から閉店を指示され、閉店していく実話である。
閉じる工事の夜、店の棚に頬をあて、お客さんが歩いた棚と棚の間の通路に横たわる。書店を愛する、本が好き、そうかもしれない。しかし、食べれない、家族の支えで食べていけるかもしれないが、ある年齢になると、子供の教育費等考えるとそうもいっておれない。また、家族とすごす時間をとれない、旅行に安心していけない状態は、お店の経費削減のために店長代理を務めることができる人を雇えないとしても、長期間耐えれるものではない。何のための仕事かと疑問がわいてくる。
「俺はいったい、何がしたかったのだろう?」著者は自分に問う。わたしたちは生きていく時、これをしたいあれをしたいと選ぶ時間なく、何かで食べていかなければならない。その時、思うのは、好きなことで、好きなことに関わる仕事は幸せだろうと。しかし、なかなかそうはならない。
そして、彼はそのようにしてきた自分を否定して、書店から離れることを決心する。 しかし、仕事を探しながらも、職業安定所でも「本」「書籍」という言葉に惹きつけられる。
著者が語る内容から、少し「彼かな?」と思うところもある。しかし、個人でなく、書店店長という立場にたつ人の心を知ることができる。簡単すぎるかもしれないが、本の中に生きることに幸せを感じるが、その仕事からはそれに対する報酬を得れない、そういう職場がある。
全書店がこういう環境ではない。経営者の考え方で全く違う書店をわたしは知っている。その経営者は言う、「うちの書店で勤めて、きちんとした給与と保証を与えられているとわかってほしい、その上で彼らが次の店長になってほしいから。」つまり、報酬が高いし、売上を伸ばしているのだ。すべての書店経営者、あるいは小売店経営者がこういう考えをもっているはずはない。まず、利益のために何をするか? がスタートだろう。
この本は、書店でつとめる人の多くが「本」を好きで、苦しい待遇を辛抱していることを語っている。それは当たっている。そして、その仕事を愛しているがゆえに、離れることなく辛抱し、最後に骨折れるように倒れることを書いている。
伊達雅彦はもちろんペンネームである。書いてある内容から、おおよそ、あの店のあの店長かなと想像した。
出版社と取次店の方々に読んでほしい本である。
(2016.02.15)

『本屋はサイコー』安藤哲也著、新潮OH!文庫。
出版社営業等の後、東京・大塚の田村書店の店長となり、1996年千駄木の往来堂書店の初代店長、2000年にTRCが設立したオンライン書店bk1へ移籍。bk1は2012年、第日本印刷グループとNTTドコモの合弁会社、トゥ・ディファクトのhontoに統合される。
安藤氏は、2004年楽天ブックスへ移り、2006年に、会社員として勤めつつ、父親の子育て支援を行うNPOファザーリング・ジャパンを立ち上げる。また、2007年より「絵本ナビ」の非常勤取締役を務める。「絵本ナビ」は楽天ブックスと提携している。また絵本ナビは、Webサイト、リサーチ、ECを行う株式会社イード(IID.Inc)の子会社である。
多分、bk1を赤字から抜けださせることができなかったことだけが、彼の心残りかも知りない。田村書店店長、往来堂店長、ファザーリング・ジャパンの代表として、絵本ナビの取締役としての安藤氏は、自分の思う道を順調に歩んでいると考えていいだろう。
・・・「書店ってこんなにエキサイティングな商売なんだぜ!」そういう思いをこめて僕はこの本を書いた。」・・・とプロローグにある通り、内容は、往来堂のオープンからbk1への転職までの話である。
店員との書店のあり方についての考え方のやり取り、ベストセラーが入荷しない時、何を並べて売るか等書店員の勉強になることも多く書かれている。取次店の営業の返品率を減らすための品ぞろえの変更提案から、取次店の帳合変更。著者が元気いっぱいの時代の話である。しかし、今、絵本ナビの取締役を務めているのは、最後の方に書いてあるように、「これからは、本も個人のパーソナリティで売っていく時代」に「『自分だけの書店』を自由に展開」することをしたいのかもしれない。ファザーリング・ジャパンもそのための基盤つくりかもしれない。
書店員の給与が良くないと、書店員は楽しいよと言っても相手に道を誤らせることになるかもしれないが、書店店長としての仕事が楽しかったわたしには同感できる内容である。書店員の待遇が良くなるように、業界全体が考えるというのは、小売業全体が人件費削減・パートタイマー化を進めているとき不可能かもしれない。
しかし、ひとつの店舗でそれを行うことは可能だと思う。売上利益をそれだけ確保しつつ、書店の楽しみを知ってもらうことができたらいいのだから。
書店ってどういうところ?と関心をもっている方には、その楽しみを知ってもらうためにおすすめである。ただし、利益を上げて、自分の給与をあげるにはどうするか、考えてから行動に移すことに注意してもらうとしてである。
(2016.02.13)
『本屋会議』夏葉社。
『本屋図鑑』と同じ夏葉社の特別編集部による。夏葉社代表の島田潤一郎さん、ブログ「空犬通信」を書いていらっしゃる空犬太郎さん、往来堂書店店長の笈入健志さん、写真はキッチンミノルさん、イラストレーションは得地直美さんである。
出版業界の方は多くが読んでいらっしゃるだろう。
内容は次のようになる。
・島田さんによる、今井書店さん、桑畑書店さんの「街の本屋さん」の紹介。
・「町には本屋さんが必要です」というテーマでの何か所でかの会議の内容とそれについてのまとめ。
・空犬さんの本屋さんの話。
・空犬さんによるここ50年の本屋写真や資料とその歴史について。
・笈入さんの本屋についての考え。
・島田さんの本屋さんの話。
島田さんは「はじめに」にこう書いている。「彼ら(書店員さん)は売れる本をたくさん売るけれど、その一方で、自分の店で売りたい本のことも、気にしている。個人的にとても好きな本。とにかく、多くの人に読んでほしい本。この本が売れれば。もっと世の中がよくなるのではないか、とまで考えている本。商売といい切るには、感情が多すぎるのかもしれない。」
また、「先月行った隣町の本屋さんがおもしろかったから、また今月も行ってみる。そのように思い出される場所として、本屋さんは人々から必要とされる。」とも書いている。
空犬さんは、こう書いている。「『三位一体』はこれまでは、『出版社・書店・取次』のことであった。しかし、本の世界で『三位一体』であるべきは、ほんとうは『出版社・書店・読者』ではないだろうか。」
書店の店長として働いた頃、わたしは、「個人的にとても好きな本。とにかく、多くの人に読んでほしい本」を、必ず仕入れ、新刊は平台に並べ、しかし一冊である、あるいはひと棚わたしの好みの棚を作っていた。買い切りだったので、わたし好みの新刊は売れ残るとわたしが買った。最初からそれでいいと思っていたし、売れると自分の分を注文していた。
また、いち読者としては、小さい時の楽しい思い出がずーっと続いてこれまで本屋さんの棚を見て回るのが楽しくなった。
しかし、今、書店員の方々が、「個人的にとても好きな本。とにかく、多くの人に読んでほしい本」を並べる経済的な余裕を書店はもっているだろうか。売上を少しでも伸ばさないと経費削減、つまり店員を減らすことを要求されるのではないか。
また、本の世界で『三位一体』であるべきは、ほんとうは『出版社・書店・読者』だが、出版社の多くはそうは思っていないのではなかろうか。書店は読者のことを考えたい、しかし、今のマージンでは厳しい。また、出版社も利益のことを考えると、書店・読者のことを考えない方が楽だというのが経済の基本法則で、そうなりつつあるのではないだろうか。
過去50年の本屋さんに並んだ本と読者の関係を考えると、そうした問題を考えさせられた。
書店と読者のことを考えた内容の本である。だからこそ、書店の方々だけでなく、出版社の方々にも読んでほしい本である。
(2016.02.11)
『本屋図鑑』島田潤一郎、空犬太郎、得地直美著、夏葉社。
夏葉社の代表である島田潤一郎さんと「空犬通信」という書店についてのブログを書いている空犬太郎さん、イラストレーターの得地直美さんが半年かけて全国四十七都道府県の書店をめぐり、一書店一頁、多くに店舗、書棚、品揃えのイラストをつけている。
実際にその本屋さんの中を書棚を見乍ら歩いたから、出入りするお客さんを見ていたから気づいたのだろうとおもわされるところがある。
わたしはそのお店の品ぞろえについて書いた頁の向かいに描かれたイラストをルーペで見ていくことを楽しんだ。読む時はそれをお勧めする。実際の書棚を見て歩く楽しみには及ばないだろうが、あっ、この本をおいてある、とか楽しむことができる。
六十四の本屋さんを紹介している。うち二十の書店しか行ったことがない。全国の書店を回ってみようかなと思わせてくれる本である。
(2016.01.25)