幼少期、家でも、外でも、目を見開いて、表情を伺っていた。
そこまでは、書いたので、おじいちゃんが死んだ。
そこから書いてみよう。

おじいちゃんが死んで、私の家族は、引っ越した。
おばあちゃんの面倒は、父の兄(私は、おっちゃんと呼んでいた)が、引き継いでくれる事になった。
後から、おっちゃんに聞いた事だが、おばあちゃんと住む、私たち家族が、このままじゃだめになるってな事を思ってくれていたのでの事だったようだ。

おばあちゃんは、そのまま、その家で、そこに、おっちゃんが入る。
で、私たち家族が出る。とゆうことに。

家族といっても、兄たちは、もう出ているので、父、母、私の三人で。

父が、おばあちゃんから、あまり離れたくなかったのだろう。もしかしたら、おっちゃん1人に任せたとゆう、なんらかの感情があったのかもしれないが、おばあちゃんの家から、車で20分くらいの所へ、引っ越した。

三人の生活は、母と私に、リラックスタイムを与えた。
父が仕事に出ている時は、自由なのだ。

母には、近所に友人ができた。
友人といる時の母は、とても楽しそうだった。

私は、母を守りたいと思わなくて良い時間ができた。
そして、父の帰宅が、ものすごく嫌になった。
リラックスとゆう時間がある事を知ってしまったのだ。

このまま平和になると思いきや、今度は私が変わった。

父が居ない時間、私は、母に対して、父のようになっていった。

母に対しては、暴言を吐き、自分の思い通りにならなければ、八つ当たりし、まるで暴君。
母の前で、怒ってる記憶が多い。
父に反発できない母が、見ていて腹がたってきた。
頼りない、情けない、そんな感情だったように思う。

怒るとゆう事が、引っ越して、初めて、できたのだと思う。
怒っていい空間なんだーって感じかな。

そんな暴君なのに、母を守ってるとゆう、変な感情もあった。

父が帰宅すると、私は自室へ。
母からしたら、父が仕事、私が学校の時間が、リラックスタイムだっただろう。

父の前では、まだ、怒れない。
母にしか、怒りは出せない。

私もできないくせに、母が父に反発できないのが腹がたつ、とか、なんて自己中なんだろう。と思うが、その頃は、そんな風には思えなかった。

私は正しいんだ!そう思って怒っていた事が多かった。

これは、結婚し、旦那から言われた事だが、ともちゃん、お父さんそっくりやで、怒り方が。と。
今は、そうだったなとわかる。

が、この頃の私は、そんな事は全くわからず、自分が正しいと思って怒っていた。
父も、きっとそうだったんだろう。
私も父も、怒り方や、自分の気持ちの伝え方を知らなかったんだ。

母は母で、そんな私たちの怒りを増幅させるような行動をとるので、父も私も、さらにイライラする。

そんな状況で、ふと、父と母が、仲良く話をしている時も、たまにあった。
私は、違和感とゆうか、なんで?意味がわからない、そんな風に思っていた。

父が自己中なのは、わかってる。
が、
ん?母は、なぜ?父と仲良く話せるんだ?嫌いじゃないの?
わからない。

では、家の外でのわたしは、どんなだったか。

友人に、じっと見ないで!きもい。と言われた事があった。
表情を伺うクセがついている私は、とてもびっくりし、それいらい、見てしまうが、気をつけるようになった。
ずっとやっていると、慣れてくるもんで、じっと見なくても、さっと見れば表情が読めるようになった。

また、ヘラヘラ笑ってて、きもいねん。と言われた事もあった。

ニコニコしている事が、平和の条件として生きてきた私は、またびっくりした。
ニコニコしてるのもダメなのかっ!
それだけじゃダメなのかー!だ。

相手の気持ちに合わせて、ニコニコしたり、表情を変えねばならないのか、と、知ったのも、このあたり。

誰にでも合わせてしまうので、その人の前だけいい顔したり、悪口言ったりもしていた。
私なりに、違うことは違うと言っていたし、自分が正しいと思わない事までは、合わせなかったが。
にしても、誰かが悪口を言えば、そうゆうとこあるあるー!と、一緒になって言っていた。
事実、そうゆうとこがあるとわたしが思うところは。
クラスの女子全員と、交換日記する、そんな、八方美人的なタイプだった。

外で、何があろうとも、頼りないと感じる母、どうせ話を自分の話に変えてしまう母には、何も話はしなかった。
私が、軽いいじめにあったりした時も、言わなかった。
言ったって、何も変わらないし、母にわたしは、守れない、そう思っていた。

沈黙が長い父、怖い父にも、もちろん何も話さない。
話している時間、父の表情を見るくらいなら、話さない。それが、ベストだった。

私は、友達とのみ話をしていた。

母には偉そうにし、
父には、距離を遠くとり。


毎度毎度、書きますが。
父や母のせいで、こうなったと言いたいのではない。
私が、自分で選んだ行動であり、自分で選んだ考えであると、思っていただきたい。
今の私になるまでに、何があったのか、どんな風に、わたしができてきたのか。
ここから、また、私は、変化していくが、それは、また今度。

つづく。