京都の夜、大勢の観光客で賑わう先斗町を歩いてきました。

コロナ禍で2年以上にわたって苦しんだ京都の観光も、やっと本格的な立ち直りに向かっていことが実感できる賑わいです。

 

コロナ感染が世界中で猛威を振るった2020年の春。

緊急事態宣言での外出自粛という、前代未聞、過去経験のない現実の矢面に立たされたのが

観光・レジャー・飲食業といったサービス娯楽業界でした。

 

そのほんの数ヶ月前までは慢性的な交通渋滞やポイごみの散乱といった

押しかける観光客による「オーバーツーリズム」に悩まされたいた京都。

そんな現状から一転、一切の人影が街から消えました。

 

2020年は東京オリンピック開催も予定されていたこともあり、東京とまではいかないものの、

京都でも新設ホテルの建設ラッシュや観光レジャーコンテンツの新規開発、新店舗開設など

ビックなビジネスチャンスを見込んで、大規模な設備投資を実行した企業業者も少なくなかったのです。

そんな環境下を襲ったコロナショック。

それらの投資を実行した企業はもちろんのこと、安定経営していた同業者たちですら

外出自粛の影響で苦境に立たされたのです。

 

絶好調の経営を続けていた大手レジャー施設ですら、資金繰りは1年もしない内に

底をつくとの報道があったほどなので、それ以外の中小零細が数多い観光・レジャー・飲食業は

廃業・倒産の危機にありました。

事実、この2年間からのから退場された企業・事業者は少なくなったのです。

 

という私もその当事者のひとりであり、先の見えない真っ暗なトンネルの中をさまよい歩いている感覚で、

日々追い詰められていく当時の心境を、このFBでも書き残しています。

 

収益は全く入ってくるメドはない、資金は毎日、ドンドン減っていく。

緻密なシュミレーションをすればするほど、行き着く先が明らかになっていきます。

資金という数字からは、何人たりとも逃げることはできないのです。

打つ手が浮かばない中で、会社を守る、従業員を守るということ責任感に

圧し潰されそうになる毎日。寝ていも悪い夢にうなされ、心と頭が休息できる時などない日々でした。

 

緊急事態宣言からまん延防止の繰り返しの2年間。「不要不急」の代名詞である業界に身を置く者の悲哀を味わいました。

そんな時、中村府議をはじめほんとうに数少ない方々でしたが、駆け付け親身になり、

一緒に考え、悩み、力を貸して下さった方々がおられたことは本当に心強く感じありがたかったですし、

この時ほど、人の温かさを肌身で実感したことは人生経験上なかったことでした。

 

芥川龍之介の小説「杜子春」の如く、総じて人はいい時にはちやほらされ、

人も寄って来られれますが、一転、悪くなると誰も寄り付かなくなるもの。

コロナ禍ではそのこともリアルに実感しました。

心配して駆けつけ下さる方々、厳しい環境を耐えてくれた船頭さんや従業員の皆様、

そんな方々の尽力に支えられ、未曾有の危機という長く暗いトンネルの出口を見つけることげできたと感じています。

 

このとても貴重ともいえる経験を通じて「観光の価値とは何か?」「観光とは誰のためにあるのか?」

「観光の社会的使命とは何か?」といった本質的な問いかけをし、

観光の原点に立ち返り思考する機会を貰っえたことは、

節から新たな芽を出すための天からあたえられた必要な試練だったと今では思えるのです。

 

この経験をもとに、大きく変貌を遂げる「これからの観光形態と考え方」を

しっかり示していかねばいけないと思っています。

 

多くの犠牲を出し再生する「日本の観光・京都の観光」

その目指すべき姿を思考しながら、賑わう先斗町を後にしました。