人気アニメ『呪術廻戦』に登場する呪術界御三家の一つに「加茂憲俊」という人物が登場します..
、そのモデルとなったが平安時代中期の天才陰陽師・賀茂保憲です。
保憲は朝廷から「保憲をもって陰陽の基模(規範)となる」とまで称された大家で、
下鴨神社の祭神で八咫烏に化身して神武天皇を導いた賀茂建角身命の末裔とも伝わります。
また、修験道の開祖・役行者も輩出した血筋を継ぎ、平安時代最強の陰陽師・安倍晴明の師匠でもありました。
保憲は10歳くらいの頃、父で当代並ぶ者なしと称された賀茂忠行に連れられお祓いの儀式に赴いた時のこと。
幼い保憲は父に、このお祓い場に現れた鬼神や魔物の正体を見抜いたのです。(古今和歌集)
まだ陰陽道の修行もしていない幼い保憲が、生来備えている霊能力の高さに驚いた父忠行は、自らが身に付けた陰陽道の奥義すべてを伝えたといいます。
やがて忠行とともに安倍晴明の師となり、清明の素質を見極め、指導したのです。
後に息子光栄に歴道を、清明に天文道とそれぞれに授けたが、清明の才は
保憲の見立てを大きく超えており、後に賀茂家は勘解由小路(かげゆこうじ)流、
安倍家は土御門流と、陰陽道宗家を分裂させる結果となりました。
このきっかけとなる賀茂保憲と安倍清明の術くらべがあったと伝えられますが
、詳細は記録されておらず、表題に残るだけですが、
どうやら覆い隠された物を当てる試合だったようです。
保憲の残した『暦林』を元に後世書かれた『暦林問答集』は、
旧暦を読む際の重要な資料となり現在まで伝わり、後の暦法の発展は保憲の功績だといえます。
安倍晴明の影に隠れ、あまり知られていない賀茂保憲ですが、
当時、都人を震え上がらせた怨霊や鬼、妖怪などを退治する陰陽道を語る上で
欠かすことができない陰陽師なのです。