職場で。
悪い人たちではなく。善良な人たちと思う。お世話になってる。けど。
人を評する発言が渦巻いて。
その渦から距離とって閉じこもりたい気持ちでじっと隠れてる。
誰とも関わりたくないのは。
人の集まりに参加したくないのは。
集まれば誰かを評する、権力者だらけだから。
誰はすぐれてる、あいつは使える、あいつはあかん、足らん、そういうことを言う人は権力者だと思う。そうやって、人をターゲットにして、酒の肴にして、なんとか場を一つにまとめようとする人たちが、側にいてつらい。
僕が話したいのは、素晴らしさや美しさや面白さや、良さの話。
そういう喜びで繋がりたい。
それぞれが思う良さの話しをすると、ただでさえ繋がりな希薄なのに、お互いの違いが露呈してしまうから。そっちの話にはいかないんだよね、そういう人々って。違いと向き合えない。ただお互いをマッサージし合うだけの会話。
僕はそういう会話だったらしたくない。そういう集団のなかで、ほんとのことはいえない。
そこで、場の雰囲気と違う、自分の心からの言葉を伝えたとして、しらけたり。
そもそも、誰かを村八分にする会話をする人間たちは、どうせ僕のいないところで、僕のことを評して、なんとか凝集性を保ってる。そう感じるから。
いつも誰かを村八分にしたい人だらけだから。
そんなことしてずに、てえめの大切なことに、ひとりで集中してろよって。
その人たちに、いつも思いながら隠れてる。
僕も、そういう権力者にばかり、意識を集中してる。自己防衛的に。
ふと、そんなんほっとけばええやんと。思う。
そういう権力者が人を評し続けることと、僕の人生となんか関係あるか?
ない。
僕が見るべきは自らの内側。
フォーカスはそこ。
自分の外側じゃなかった。
それでいい。