「今ここを丁寧に生きる」求めるのをやめたら、向こうからやってきた
今日も暑さが厳しすぎます救急車のサイレンもいつも以上に多く聞こえます熱中症に気を付けて、しっかり睡眠、しっかり水分と食事、摂っていきましょうね。*********先日起きた熊本県の地震から今も大変な状況におられる方々が1日も早く穏やかに過ごせますように、お祈りいたします。九州に住んでいた頃、何度も訪れた大好きな熊本。ニュースを見るたび胸がギュッと締め付けられるように胸が痛みます。「自分は無事でよかった」とか「恵まれているから感謝しなきゃ」とか、そういうことではなくて。ただこうして命があって日常を過ごせること自体が、決して当たり前ではないのだと深く感じています。遠く離れた今の私にできるのは、今目の前にある1日を、ただただ丁寧に、感謝して大切に生きて、自分が置かれた場所で温かい循環を作ろうと、改めて心に決めました。「比較からの安心」ではなく「目の前の命や時間、あることへの感謝」そんな想いを胸に「今日も目が覚めたこと」に感謝して、毎朝の掃除を淡々と心地よくこなしていたときのこと。掃除を家族に求めること(やってほしいと執着する)をやめたら、掃除嫌いな息子が「手伝うよ、何をすればいい?」と声をかけてくれました✨現在夏休み中なのもあって課題として「お手伝い」があるからかもしれません(笑)だけど、朝ごはん前から「やるよ」なんて今まで聞いたことがなかったもんだから、びっくりして顔を二度見しちゃいました!「手放したらやってくるってこういうことからだよな~」なんて、私も鼻歌まじりにルンルンであちこちの掃除がとってもはかどりました見る人が見れば「子どもが掃除を手伝った」っていうだけの話じゃん!とも思われそうな、よくある日常の出来事に過ぎないかもしれませんが、奇跡の大小関係なく、求める(執着)を手放して自分の場所で巡らせたエネルギーが想像以上のプレゼントになって私に返ってきてくれたということを「現実」として目の当たりにし、体感できたことが、何よりも素晴らしい「検証(確認)」であり奇跡なんです。日常のどんなに小さな出来事の中にも、こうした奇跡がいっぱい転がっています「そんなの当然だろ~」と見過ごしていることに目を向けて感謝していると、やがて大きな循環となってもっと大きな幸せが目の前の現実に現れてくるんですよ。現実に振り回されているときって、どうしても「現実」=自分をハッピーにしたりアンハッピーにしたりする原因として見てしまっていると思うんです。「現実がこうだから私は苦しい」とか「現実が変わらないから私は満たされない」って、外側の出来事を原因にして振り回されて疲れ果ててしまう…でも、本当は逆で「現実」=自分が内側でどんなエネルギーを放っていたかの答え合わせとして教えてくれる確認画面のようなものかなと思っています。だから外の世界に向かって何かを変えようと頑張る必要はなくて、自分の足元で小さな愛や心地よさ、感謝のエネルギーをクルッと巡らせると、小さな循環の積み重ねで波紋のようにじわじわと周りに広がって、気づけば大きな温かいエネルギーの循環になっていく…小さな変化だからと疎かにしない、そんなの気のせい!とかにしないで、思い切り喜んで循環させていくと驚く展開が待っていますよ最後までお読みいただきありがとうございます。