1984. | 蹴球七日。

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1984.~Nineteen-eightyfour~

「君たちの息子がたいへんなことになっている」
映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー2」の始まりだ。
1作目のできがとても良くて、誰もが2作目を観たがった。そんなわけでできてしまったパート2と3だけれど、やはり1作目がいちばんいい。

しばらく前にスカパー!で全3作品をデジタルリマスター版で放送したので録画した。
夏休みの夜更けに観ていた。横で息子も見始めた。「とうちゃん、つづきは?」と聞かれ、それから三夜にわたり3作品をふたりで観た。
現代の中学生が観ても面白いと思う作品なのだ。

この映画を観てから、「いつか大人になったらデロリアンを買ってやる」と夢見たけれどいまだに実現していない。昔、環八の中古外車店でみつけたデロリアンには500万の値が付いていた。すぐ横に置かれたロータス・エスプリの方が安くて、つい運転席に試乗させてもらった。目線がとても低くてほぼガードレールの位置で、クラッチとブレーキペダルの間が狭くて、大きな足の僕はいっしょに踏んでしまいそうで諦めた。
デロリアン当たり前だがノーマルで、背中にタイムマシン装置なんて付いていなかった。
ただギラギラとガンメタの渋く光る姿が格好良くて、独特のオーラが出ていた。


僕はこれまでクルマを買ったことがない。買ったことがあるのは何台かのバイクだけだ。
高校一年の春休み。やっと16歳になったその日にバイクの免許を取った。1984年のころだ。
その前の冬休みに郵便局のバイトで知り合った仲間から安くでバイクを譲って貰った。たしか5000円くらいでもらったと思う。それがHONDA CB-50というマシン。まぁ、ボロかった。
ギアとかクラッチとかが初めてだったから、何度も信号でエンストした。前ブレーキが右手で後ろブレーキが右足なんて、まるで慣れなかった。

学校に内緒でこっそりと原付免許を取って、休みの日にこっそりバイクに乗るのがなんとも格好良く感じた年代だった。
バスや路面電車の営業が終わった夜中でも、眠れない夜には背中に釣り竿を背負って桜島と対面して夜釣りすることもできたから。
今思えば我が儘で気ままに生きることを憶え始めた記念すべき1984年。
単三電池2コのポータブルラジオをハンドルにぶらさげて、ノーヘル(そのころ原付はノーヘルOKだった)でオールナイトニッポンを聞きながらちんたら走ってた。朝日が昇る頃に自動販売機でUCCの缶コーヒー買って飲んで、おふくろにばれないように起きてくる前に部屋に戻って布団被ってた。そんな1984年だった。



生活が変わることで考え方も変わり、また新たな律動で新しい生き方を始めることができる。
そんなことはもう長い間忘れていた。
少年から大人となり、自分の稼ぎでご飯を食べるようになりながらもいつまでも大人になりきれなかった。
気がつくと親は仕事を退く年となり、仕事から離れると彼らは急に老人へと近づいていく。
もうどんなときも親に依存することなんてできないなと感じた時から、本来の自分らしい生き方を発見することもある。
そういう生き方をしてこれたのは、無償の愛を注いでくれた両親であったり家族だったりする。

親父は僕が鹿児島から彼女と駆け落ちした経緯(いきさつ)を知っている。
いまさらだが、最近は母と酒を飲みながらその頃のことを詫びる機会もある。
母には感づかないようにとしていたが、もれなく母は知っていたりする。
自分の力で責任で何もすることができなかった僕だったし、結局の所は何かと理由を創造して親のすねを囓り尽くしていた。
そんな自分を悔い改めて感謝できる心情がやっと持てたのだ。きっかけは、目の前で見る自分の息子の成長だった。
息子と生活しながら、息子の歳と自分の当時を照らし合わせながら何度も悔い改める機会を得て、両親への感謝の思いが増すばかりだった。


いまさら僕という人間が180度生まれ変わることはないけれど、でも感謝の気持ちを伝えることはいくらでもできるし、僕は幸せなことに年に一度か数回は故郷へ帰って親と過ごす時間を作れる。
母へ電話するといつも声がはずんでいる。次の帰郷はまだ何ヶ月か先なのに首を長くして待っていてくれるし、あれ食べようねとかどこへ行こうねとかの話題は尽きない。そして僕の息子と過ごす時間もプラスアルファで用意してくれている。

人の生き方なんて何十億人いる地球で暮らす人の数だけある。どれが正解という道はどこにもない。
生き方はどうであれ、生きる間に生き方の枝が分かれて自分の生き方の枝を見つけてやがて家族を設けて幹となる。
その幹には自分がうまれてからの根を通した血が通っていて遺伝も含まれる。
自分らしさを思い返すと、それは自分だけで作ったものでないときづく。
そう思うと、つい感謝の気持ちを伝えたいと思うわけだ。


人はいくつになっても新たな自分と向き合いながら成長するものだし、そこから新たなつながりも生まれて、
きっと自分を今までよりもちょっとだけ幸せにしてくれることもある。
そんな僅かな日々の成長が生きるチカラだったり希望になっているのかもしれない。


古い映画を観て、その頃の自分を思い出し、あれから何年経ったかと思い返すときに
僕はなんにも変わっていないただの阿保だと思った。
でもよく思い返してみると、まぁいろいろあったけれどあの頃よりも成長していると思える。


まぁ、そんな今宵デス★★★


下らない話は下らないから面白い。


でわでわっ。。。