アメリカ東海岸ではとても大きな台風が発生していて、
ニューヨークの海側の方では避難勧告が出て、地下鉄もストップし、
大統領選の選挙キャンペーンにも影響を与えていると朝のニュースで流れていた。
自然が起こすことは予想がしづらく、とてもアナログだ。
鹿児島の新聞の天気欄には気象予想図の他に、桜島の上空の風向きの予想図も載っている。
僕の記憶だと、桜島上空の風向きは、
夏場はおもに桜島の対岸にある鹿児島市の方向へ吹き、
冬場になると大隅半島や宮崎県の方向へ吹いていた。
一日に何度も爆発し、酷いときには傘を差してゴーグルつけて道を歩いた。
家の中は隙間から入る火山灰でざらざらになり、お風呂に入るとバスタブの底に火山灰が溜まる。
小学生の頃、親父の友達にヨットに乗せて貰い夜の海へ出た。
真っ暗な海の上で桜島が赤く染まる。赤く流れる溶岩の火だ。
山頂が赤く染まった次の瞬間に爆発の音を身体で感じる。
20年近く鹿児島で暮らしていて初めて見た、美しい夜の爆発の瞬間だった。
秋元康がAKB48の柏木由紀に『火山灰』というソロ曲を書いた。
遠く離れた郷里を思い出し、上京時の初心を思い出すといった詞だ。
二十歳過ぎの娘に早すぎる回顧曲を書くあたりは秋元サンらしい。
若い娘に書かれた曲を聴きながらつい昔を思い出す僕は40代だ。。。
故郷というのはやはり離れて思うもの。
離れて過ごす時間が長いほどに思いでの数々が懐かしい。
たまに帰るとつい昔遊んだ公園や学校の校庭や海岸線まで自転車で走った道でふと立ち止まる。
側を歩くトモゾが、「とうちゃん、何みてんの!?」とうるさく訊いてくる。
僕は少年の頃の想い出を息子に話してあげる。
桜島が見える海水浴場で海にある飛び込み台から飛び込んだらパンツ脱げてさぁ~…とか、
マリンパークの脇のテトラポッドで遊んでたら海に落ちてパンツ一枚で歩いて帰った…とか、
東急ホテル前の突きだした防波堤でロケット花火で戦争やった…とか、
ほとんどが中学生前後の頃の懐かしい話だ。
鹿児島へ飛ぶ飛行機が富士山を過ぎると大騒ぎする。
「すげっ、富士山だー!」
高知県沖から宮崎へ向かうあたりで、
「あと何分くらいかな~」
宮崎県の海岸線が見え始めるとまたトモゾのドキドキが始まる。
言わなくてもわかってる。
あいつはあと何分くらいで桜島が見えるかなってかんがえている。
雲の切れ間からそれらしき影が見えた瞬間に身体を窓に近づける。
飛行機の窓の両脇に両手を押しつけながら顔は窓のすぐ前にある。
桜島が見える数分間、ずっとトモゾは煙を吐く大きな活火山に見入っている。
飛行機は航路を右へ切り、次の瞬間には滑走路の瞬く光へ降りてゆく。
生まれてからずっと桜島を見て育った僕は、やはり桜島が大好きで
小さい頃から大好きで、あの自然の力強さと溶岩を吐く力強さを見て育ってきた。
大人になった今でもあの山が大好きだ。
絵を描きたくなるといつも桜島の絵を描く。朝も昼も夜も夜中も…
いつだって桜島に見守られて育ってきた証だ。
男の子っていうのは父親にあこがれる。僕もそうだった。
スポーツ万能で走るのが速くて野球が得意で左利きの父親にあこがれた。
父が好きなものに興味を持ったものだった。
桜島というのは鹿児島で育った者にとっては特別なものだ。
父でもあり母でもあり、祖父でもあり祖母でもあり、
ときに一方的な話し相手となってくれる存在だ。
大学を辞めて鹿児島へ戻った頃、
親父の暮らすワンルームのマンションに転がり込んで
時計の針が12時を過ぎる頃にマンション裏の港で桜島と向き合って釣り糸を垂れた。
何かを釣りたいのではなく、朝まで桜島と向き合っていたかったのだ。
向き合うことで未来への力を貰えるような気がしたからだった。
飛行機の中で桜島の姿を探す息子。
母の家から鹿児島市内へ向かうクルマの中で桜島の場所を確認する息子。
クルマでどこを走っていてもあいつはいつも桜島を確認している。
きっとあいつも桜島が好きなのだろう。
でわでわっ。。。
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