仮想恋愛 ~東京からボンジュール・8~ | 雲の上を歩くペンギン

仮想恋愛 ~東京からボンジュール・8~


☆第8話「約束」



成田空港に降り立つ。

ついに彼女がフランスから帰ってくる日がやってきたのだ。

結局僕は彼女にプロポーズをすることが出来なかった。由貴ちゃんの事は直接本人に聞いたらしいが、怒るどころかハイテンションで「やるじゃん!」と連呼していた…

最後に由貴ちゃんは僕達の事を聞いてきたらしいが彼女は否定したらしい。まあ当然といえ当然なんだが、なぜか釈然としない。

納得したかどうかはともかく由貴ちゃんはそれ以上聞いてこなかったらしい、そして最後に僕のことはお兄さんとして好きだと言っていたらしい。

「微妙にフラれたね」と言って彼女は笑っていた…

その時ゲートから大きな荷物を抱えた彼女が笑顔で現れた。

僕は東京に住んでいて、彼女はフランスに住んでいる。つまり遠距離恋愛だ。

ほとんどの人が、人生の半分以上を愛する人と過ごす。親よりも子供よりも誰よりも一緒にいる。結婚とはまさしく人生を共有するための誓いである。

結婚相手と付き合う相手は果たして同じなのだろうか? 生活を共にすると言うこととは楽しいことばかりではない。

笑いっぱなしの人生がこの世に存在しないのならば、人生を共に歩む人は簡単には選べない。

成田エクスプレスの車内では、普段無口な彼女が饒舌にフランスでの出来事をうれしそうにしゃべっている。

「ところで大事な話があるって言ってたけど」

「あ、うん…」僕は迷っているんだろうか? 今の自分に家族を作る資格があるのだろうか? 本当に彼女を愛し続ける事が出来るのだろうか?

「私もあるんだ大事な話」

「え、何?」

「……別れよっか」

「……」

「別に嫌いになった訳じゃないないの。ううん前より好きになったくらい…」

「じゃあ…」

「だからこそ別れようと思ったの。このままじゃ自分がダメになっちゃうような気がして… 私には小説家になる夢があって、あなたにも夢がある。そのためにがんばってきた。あなたと一緒にいるのは楽しいし幸せだと思う。でも何年、何十年か後に後悔するときが必ず来るような気がする」

「一緒にがんばればいいじゃん」

「そうだね。でも負けちゃうよ… それくらい、好きだもん」

何も言えなかった… 好きだけで結ばれる訳じゃない。そんな事はわかってる、でも…  本当に好きだからこそお互いのために別れる… 好きなだけじゃダメなんだ。

「わかった」

「ごめんね」

「ありがと」

思えばこうやって彼女の目を真剣に見たことがなかった。力強く、とても澄んでいて、かわいい目だった。

「で、そっちの大事な話は?」

「…うん。まあたいしたことないんだけど」

「何?」

「僕と結婚してください」

力強い彼女の目がすっと優しい目になった。

「はい」

「ありがと」

成田エキスプレスは僕達の住む、東京に向かっている。

僕は東京に住んでいて、彼女も東京に住んでいる。今は大切な仲間だ。

僕はがんばる。

がんばって夢を叶える。

そして彼女を迎えに行く。

だってそれが彼女との約束だから…



ーおしまいー