仮想恋愛 ~東京からボンジュール・1~ | 雲の上を歩くペンギン

仮想恋愛 ~東京からボンジュール・1~

第一話「エールフランス275便」


結局仲直り出来ないまま、今日、彼女がフランスへ旅立つ。

電車から見える景色は未だにコンクリートの壁だけである。駒沢大学から神保町、本八幡で京成本線に乗り換える。成田まで約2時間、果たして間に合うのだろうか。
12:05発 エールフランス275便・成田発―パリ、シャルル・ド・ゴール空港行き。それが彼女の乗る飛行機だ。
彼女との出会いは今から2年近くも前にさかのぼる。どこにでもありふれた出会いだった。僕が所属しているコミック劇団・プロペラ↑ぶる~んに作家希望で入ってきた彼女に僕は一目惚れをしてしまった… 付き合い始めて知った事だが彼女も僕に一目惚れだったらしい。お互い好きという気持ちで2年近くも愛情を隠して接してきたのだから恋愛というものは難しいものである。
車内に光が射し込む。
このまま順調に行けば搭乗手続きギリギリに間に合うはずだ。会ったらなんて言おう? いってらっしゃいなのか? ごめんなさいなのか?
喧嘩は些細なことだった。
10月1日にロンシャン競馬場で行なわれる凱旋門賞に日本からスーパーホース・ディープインパクトが出場するのだが、彼女は9月末に日本に帰ってくるという。「あと一日くらい居ろ!歴史的な瞬間に立ち会えるんだぞ!」という言葉に「私とディープインパクトどっちが大事なの?」と言われてディープインパクトと即答したのがムカついたらしい。
僕に言わせれば馬と比べるのもどうかと思うが、ちょっと、ほんのちょっと反省した。
成田空港に電車が滑り込む。
大きな鞄を抱えた人波を縫うようにして彼女の姿を捜す。
するとまさに今彼女が搭乗ゲートを潜ろうとしていた。僕は彼女の名前を叫んだ! 彼女は驚いた顔をして、それからゆっくり微笑んだ… 僕は大きな声で「いってなさい!」と言った。いってらっしゃいとごめんなさいがごっちゃになっってしまった。彼女は小さくうなずき、そして無声でゆっくりと「いってきます」と僕に笑顔を投げかけた。
その時携帯がなった。誰だこんな時に… と思った瞬間目が覚め布団から飛び起きた。時計を見ると時刻は12時5分を指していた。携帯電話には「いってきます」そう短いメールが届いていた。
慌てて「いってらっしゃい」と打ったが、飛行機に乗った事が無い僕は、空の上でも僕の気持ちが届くのかちょっと不安な思いで送信ボタンを押すのだった。

ー続くー


*この物語は一部を除いてフィクションです