走ることは得意?苦手?

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人生はよくマラソンに喩えられますね。
よくできた偶然なのか、神の辛辣なジョーク
なのか.その距離は42.195kmで語呂合わせに
して「死に行くGo」 


普通に走るマラソン(「普通」と言っても僕
は走れませんが)はゴールが決まってるから
いいけど、人生のマラソンはゴールが見えな
いので経済的不安がつきまとうし、そもそも
走らされる理由がわからない。
しかも気持ちよく走れるようになっても思わ
ぬ退場をさせられることもあります。

それを「修行だ」と精神世界に携わる人は言
います。では何故修行なのかを問うと「魂の
進化の為」と言います。

では「魂の進化」とは何なのか?そんなこと
あり得るのか?

生き物は他の生き物を殺して食べなくてはい
けない。殺すには相手を自分より下の存在と
見做さないとそんなことはできない。
結局、生きてく為には他の生物を差別しなけ
ればいけない。
この世は差別があってこその世界である。


この差別は肉体を与えられたからこそ、起こ
るものではないのか。

魂が肉体に封じ込まれることによって、色々
な欲に苛まれ、それが他者との争いの元にな
るのではないのか?

結局、この世界では幸せなどつかむことは不
可能ではないのか?
幸せなどと言うのは鼻先に
ぶら下げられた人参を  
追いかけるようなもの

で、それは傍から
見れはいいモノ笑いの種にしかならない。
人生なんてくだらないマラソンですね。