「井戸敏三 現在」で検索してこの記事にたどり着いた方、ようこそです😊

 

 

私は都内在住、2020年代に新聞記者を定年退職したセミリタイアの男です。現役時代は政治取材も長く手がけてきましたので、地方行政のトップに立つ知事という存在には、人一倍関心があります。

 

 

今日は「井戸敏三氏の現在」について、私なりの視点を交えながら書いてみようと思います。

 

 

■ まず、井戸敏三さんってどんな人?📖

 

念のため、基本プロフィールから。

 

井戸敏三(いど としぞう)さんは、1945年8月10日生まれ。現在80歳です。兵庫県たつの市(旧揖保郡新宮町)出身。東京大学法学部を卒業後、自治省(現・総務省)に入省した、いわゆるキャリア官僚の出身です。

 

その後、鳥取・佐賀・宮城・静岡など各地の行政に携わりながら経験を積み、1996年に兵庫県副知事に就任。そして2001年8月、兵庫県知事に就任されました。

 

それから怒涛の5期20年——。

 

2021年7月31日に任期満了で退任されるまで、兵庫県政史上最長の在任期間を誇る知事として、県政を引っ張り続けました。阪神・淡路大震災の復旧・復興、財政再建、そして「創造的復興」という言葉を掲げた地域づくり。20年という長い歳月は、それだけ多くの課題と向き合い続けてきた証です。

 

 

■ 私が感じた「井戸県政」の重み 🗞️

 

記者として現役の頃、地方行政の取材に関わることも少なくありませんでした。正直に言えば、20年間同じ知事が続くというのは、ジャーナリストの視点からすると複雑な気持ちになることもあります。

 

長期政権というのは、良くも悪くも「人事の固定化」や「批判しにくい空気」が生まれやすい。それは中央でも地方でも同じです。現役時代、編集局内でそういった議論をした記憶が今でもあります。

 

ただ一方で、阪神・淡路大震災という未曽有の災害から立ち上がった兵庫県を、借金を抱えながらも財政再建し、全国に「カウンターパート方式」(被災地支援の割り当て方式)を普及させたという実績は、行政の継続性がなければ成し得なかったとも言えます。

 

これは東日本大震災や熊本地震のときにも応用されたと聞きます。政治家・行政官としての遺産として、素直に評価すべき点だと私は思っています。

 

 

■ 井戸敏三さんの現在(2026年時点)はどうなっているのか?🌿

 

さて、本題の「現在」についてです。

 

井戸さんは2021年の退任後、完全に公職から離れたわけではありません。

 

公的な役職としては、**公益財団法人ひょうご震災記念21世紀研究機構の特別顧問**を務めています。これは阪神・淡路大震災の教訓を後世に伝え、防災・復興の研究・啓発を続ける機関です。

 

活動の中心は、やはり「震災の教訓を伝える」こと📣

 

2025年2月には、長年ともに仕事をされた震災対策の専門家・五百旗頭眞氏(故人)との思い出を語るインタビューに応じ、「言葉でなく行動で示された」という評価の言葉を残しています。2025年には能登半島地震の復旧に関する問題点や次の災害への備えについて講演やフォーラムに参加、阪神高速道路関連の技術講演会で講師を務めるなど、震災経験をベースにした発信を続けておられます。

 

また、河内家菊水丸さんのブログなどでは、地域の関係者との懇談の様子が報じられることもあり、静かながらも人のつながりを大切にしながら過ごされている様子が伝わってきます😌

 

さらに、著書も出しておられます。「随筆集 一歩いっぽ」「随筆集 歩みながら」などのシリーズは、行政経験を持つ人物ならではの視点が詰まっているとのこと。本好きの私としては、一度手に取ってみたい気持ちがあります📚

 

そして2023年頃には旭日大綬章を受章されており、20年にわたる県政運営が国から正式に評価されたことになります。80歳を迎えた現在は、政治の第一線こそ退いているものの、経験と人脈を活かした「黒子的な社会貢献」を続けておられるようです。

 

 

■ 「老いても志あり」という生き方に、ちょっと感じるもの 🎋

 

私自身、定年退職からこうしてブログを書きながら過ごしています。現役時代は毎日締め切りと格闘し、取材先を走り回っていた。それが今は、孫たちの成長を眺めながら、気の向くままに文章を書いている。これはこれで悪くない日々だと思っています😄

 

ただ、井戸さんのように「退任後も社会との接点を持ち続ける」という生き方も、なかなか格好いいなと感じます。

 

完全に引っ込むのではなく、かといって表舞台でしゃしゃり出るのでもなく——。

 

30年分の震災の経験と教訓を、後世に静かに語り継ぐ。そういう「役割の絞り込み」ができている人は、年齢を重ねても輝きを失わないように思えます。

 

記者時代、引退後も現場に顔を出す大先輩が何人もいましたが、そういう方々は例外なく、自分の「専門領域」を持っていた。それが井戸さんにとっては「阪神・淡路大震災の教訓と防災行政」なのでしょう。

 

 

■ 兵庫県政のその後と井戸さんの名前 🏯

 

余談ですが、現在の兵庫県知事は斎藤元彦氏です(2021年就任)。斎藤知事をめぐっては様々な報道が続きましたが、その混乱の中で過去の施策を振り返る文脈において、「井戸県政時代の計画」として名前が挙がることがあります。

 

20年間の県政が残した「遺産」は、良い意味でも悪い意味でも、後任の政権に影響を与え続けているわけです。政治家というのは退任しても、自分の仕事の痕跡がいつまでも残る——そういう職業なんだなと、改めて感じます。

 

 

■ まとめ:井戸敏三さんの現在は「静かな社会貢献期」🍃

 

「井戸敏三 現在」を一言で表すなら、「公的第一線は退きつつ、震災の教訓を伝える活動を軸に、静かに社会貢献を続けている」という状況です。

 

 

・ひょうご震災記念21世紀研究機構の特別顧問

・防災・復興に関する講演・フォーラムへの参加

・旭日大綬章を受章(2023年頃)

・随筆集など著作活動

・地域関係者との交流

 

80歳という年齢を考えれば、これだけ社会との接点を保ち続けているのは、やはり並大抵の人物ではないと感じます。

 

 

井戸さんの「老いても手を抜かない」姿勢は、同じシニア世代として、なんとなく励みになります。

 

最後まで読んでくださって、ありがとうございました😊

 

 

 

定年退職して数年が経ちますが、最近すっかりテレビっ子になってしまいました(笑)。

現役時代は毎日が取材と締め切りの連続でしたので、ゆっくりテレビを眺める時間なんてほとんどなかった。

 

 

ところが今は、朝からBSをつけてボーッとしていることも多くなりました。

 

そんな私がここ最近、気になっているのが「中野珠子(なかの たまこ)」さんです。

 

 

通販番組を見ていると、とにかくよく出てくる。

 

 

 

テレビ東京系の番組はもちろん、BSの各局でも活躍されていて、「あ、また中野さんだ」と思うことが週に何度もある。

 

 

 

うちの家内も「この人、どこにでも出てくるわね」と言っておりました 😄

 

それで自然と「この人、結婚してるの?旦那さんはどんな方?」という疑問が湧いてきたわけです。

 

 

元記者のクセで、気になったらとことん調べないと気が済まない性分でして。今回はその調査結果をまとめてみます。

 

 

中野珠子さんってどんな人?

 

まずは基本プロフィールからおさらいです。

 

・名前:中野珠子(なかの たまこ)

・出身地:福岡県

・生年月日:11月30日(1966年生まれとの情報あり。現在59歳前後)

・血液型:B型

・身長:167cm

・所属事務所:オフィスケイアール

 

特技はなぎなた(一級)とスキューバダイビング(一級小型船舶操縦免許所持)。

趣味はモーターサイクル(大型自動二輪車免許所持)、キャンプ、油絵、パラグライダーなど。

 

……これを見ただけで、「ただ者じゃない」と感じませんか 😲

 

なぎなたが一級ですよ?大型バイクの免許も持って、パラグライダーまで楽しんでいる。私が現役記者だった頃に取材した「アクティブシニア」の特集記事に出てきそうな人物像です。

 

キャリアとしては、1989年から東海テレビの「てれび博物館」でレギュラー司会を務めたのが最初の長期仕事とされています。その後、テレビ東京系や民放各局のリポーター・コメンテーターを経て、通販番組の世界へ。現在は「ものスタ」「なないろ日和!」「サタデーテレショップ」など、数多くの番組に出演しています 📺

 

 

中野珠子 旦那で検索してみると……

 

本題に入りましょう。「中野珠子 旦那」で検索すると、さまざまな記事がヒットします。

 

 

ところが記者経験のある私の目から見ると、気になることがある。

 

「旦那の噂」「結婚説」などと書かれた記事はいくつかあるのですが、

 

 

**具体的な根拠がまったくない**のです。

 

 

「旦那がいるという噂がある」→「でも確認できない」→「独身の可能性が高い」

 

という流れで終わっているものばかり。

 

これ、記者の世界では「裏が取れていない話」と言います。

 

私が新聞社にいた頃、「噂があります」だけでは記事にはなりませんでした。

 

必ず複数の情報源で裏付けが必要です。

 

その観点から言えば、中野珠子さんの「旦那情報」は、現時点では記事にできるレベルの情報がゼロです 📋

 

ネット上で確認できるのはこうです。

 

・結婚を公表したことが一度もない

・結婚指輪を着用しているという目撃情報もない

・交際相手に関する報道・SNSへの言及もない

・本人がプライベートを徹底して非公開にしている

 

Yahoo!知恵袋でも「結婚されたという情報がないので独身ではないか」という見方が主流になっています。

 

 

 元記者として思うこと

 

ここからは私の個人的な見解です。

 

中野珠子さんが長年プライベートを明かさない理由については、いくつかの考え方ができます。

 

ひとつは「本当に独身で、その状態が心地よいから」という可能性。趣味を見てください。バイクでツーリング、スキューバダイビング、パラグライダー、キャンプ……これだけのアウトドア趣味を持つ人が、結婚生活を選ばずに来たとしても、まったく不思議ではありません。

 

 

私の娘も独身でいますが、「お父さん、今の時代、結婚だけが幸せじゃないよ」と言っておりまして。

 

 

なるほどなと思いました。中野さんのような生き方を見ていると、確かにそうだなとも感じます。

 

 

もうひとつは「既婚だが、完全に非公開にしている」という可能性です。

 

芸能界では、結婚を公表しないまま長年連れ添っているケースもゼロではありません。

 

しかしこの場合も、現時点では確認のしようがない。元記者の私としては「確認できないことは断言しない」が鉄則です。

 

いずれにせよ、「中野珠子さんに旦那がいる」という確定情報は、2026年現在、どこにも存在しないというのが結論です 🔍

 

 

気になるのは、あの司会の「うまさ」

 

旦那の話から少しそれますが……

 

正直に言って、私が中野珠子さんを見ていて一番感心するのは、**通販番組での司会技術の高さ**なのです。

 

通販番組というのは、侮ってはいけません。

 

私は現役時代に取材でテレビ局に出入りしていたことがありましたが、生放送で商品を紹介しながら視聴者の購買意欲を引き出すというのは、非常に高度な技術です。

 

 

話の組み立て、間の取り方、商品の見せ方、電話を促すタイミング……これを長年にわたって続けてきた中野さんは、まさにプロ中のプロと言えます。「通販の女王」と呼ばれるだけのことはある 👑

 

 

日刊スポーツの記事によれば、中野さんが長年関わっている「音楽のある風景」という通販番組は、シニア層が気軽に電話で購入できるシンプルさで20年以上続いているとのこと。長寿番組を支えてきた実力、本物だと思います。

 

 

同世代として感じること

 

私が定年を迎えたのも2020年代。中野珠子さんとはほぼ同じ世代です(私は男性ですが)。

 

私が現役バリバリで取材に駆け回っていた1990年代〜2000年代、中野さんも各局を渡り歩きながらキャリアを積んでいたわけです。同時代を生き抜いてきた者として、なんとなく親近感を覚えます 😊

 

私は定年後にこうしてブログを書いていますが、中野さんは現役でテレビに出続けている。同い年(前後)でも、これだけ活躍している方がいるというのは、正直刺激になります。

 

孫たちに「おじいちゃん、まだ現役?」と聞かれたとき、「ブログくらいは書いてるよ」と言える程度には元気でいたいものです(笑)。

 

 

 まとめ:中野珠子さんの「旦那」はいるの?

 

長々と書いてしまいましたが、結論をシンプルにまとめると

 

 

✅ 中野珠子さんの旦那(夫)に関する公式情報・報道は一切なし

✅ 結婚歴も公表されていない

✅ 独身の可能性が高いという見方が主流

✅ プライベートは徹底して非公開のスタンス

✅ 仕事と多趣味で充実した人生を送っているように見える

 

 

元新聞記者として申し上げれば、「裏が取れていない情報は情報ではない」。

 

 

中野珠子さんの旦那については、現時点では「わからない」が正直な答えです。

 

 

もし今後、本人が公表するような機会があれば、それはそれで嬉しいニュースになるでしょう。でも公表しないまま、自分のペースで仕事と趣味を楽しみ続けるのも、また素敵な人生だと思います 🌸

 

 

引き続き、通販番組で元気な姿を見せてください、中野珠子さん!

 

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※この記事は公開情報およびネット上の情報をもとに、個人の感想・見解を交えてまとめたものです。確定的な事実として断言しているものではありません。

 

 

定年後の今は、孫と遊ぶ時間や読書の時間が増え、老眼鏡のお世話になる機会も増えました。

だからこそ、この“次世代メガネ”と呼ばれた製品がなぜ消えてしまったのか、しっかり整理しておきたいと思います。

 

 

 

今回は「タッチフォーカス 販売終了 理由」をテーマに、少し深掘りして考察してみました。

 

 

タッチフォーカスとは?

 

タッチフォーカスは、化学メーカーの三井化学が開発した電子メガネです。

最大の特徴は「ワンタッチで遠近を切り替える」という点。フレームに触れるだけで、レンズ内の液晶が作動し、遠く用・手元用を瞬時に切り替えられる仕組みでした。

 

 

従来の遠近両用メガネにありがちな「視界のゆがみ」や「慣れの問題」を解消しようとした、かなり野心的な製品です。

新聞記者時代であれば、間違いなく“技術面では一面記事候補”のネタですね。

 

 

タッチフォーカス  販売終了はいつ?

 

発売は2018年。販売終了は2023年9月末。

約5年半の販売期間でした。

価格は約25万円前後。正直なところ、年金生活の身からすると「簡単には手を出せない金額」です💦

 

 

タッチフォーカス 販売終了 理由

公式には明確な理由は発表されていません。

しかし、取材的な視点で見ると、いくつかの構造的な問題が浮かび上がります。

 

 

①価格と市場のミスマッチ


やはり最大の壁は価格です。

老眼鏡市場の中心は50代〜70代。この層は「必要なものにはお金を使う」が、「未知の製品に25万円」は慎重になります。

私の周囲でも「普通の遠近両用で十分」という声が大半でした。

つまり、
・革新的すぎる
・しかし価格が高すぎる

このバランスの悪さが致命的だったと考えられます。

 

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②BtoCビジネスの難しさ

 

三井化学は本来、企業向け素材を扱う会社です。

一般消費者向けの商品(BtoC)は、販売網・広告・接客など、まったく別のノウハウが必要になります。

これは新聞業界でも同じで、「いい記事」と「売れる記事」は別物です。

製品の良さだけでは売れない――この現実があったのでしょう。

 

――――――――――――――――――

 

③“体験しないと良さが分からない”問題

 

この製品は、実際に装着して初めて価値が分かるタイプです。

 

しかし、
・試せる店舗が限られている
・価格が高く気軽に試せない

結果として「興味はあるが買わない」という層が増えてしまった可能性があります。

 

これは家電でもよくある失敗パターンですね。

 

 

④シニア層と新技術の距離

 

ここは少し辛口ですが、重要なポイントです。

 

ターゲットであるシニア層は、
・新技術への抵抗感
・現状で満足している傾向

が比較的強いです。

 

 

実際、私自身も「慣れたメガネで十分」と思ってしまう瞬間があります😅

革新的な製品ほど、若年層から広がるのが一般的ですが、この製品は最初からシニア向け。

ここに戦略の難しさがありました。

――――――――――――――――――

 

タッチフォーカス 類似品はあるの?

 

結論から言うと、ほぼありません。

同じような電子制御で焦点を変えるメガネは、現時点では市場に存在していません。

 

 

代替としては、

・通常の遠近両用メガネ
・コンタクトレンズ(マルチフォーカル)
・2本使い分け

といった“従来型”が主流です。

 

技術的には未来を感じさせる商品でしたが、市場はまだ追いついていない印象です。

 

 

記者としての総括

タッチフォーカスは「失敗作」ではありません。

 

むしろ、
・技術は先進的
・発想も優れている

 

ただし、
「市場とタイミングが合わなかった」

これが正しい評価だと思います。

 

 

新聞記者として長年見てきましたが、新技術が成功するには

・価格
・体験機会
・ターゲット層

この3つが噛み合う必要があります。

タッチフォーカスは、そのうち1つでもズレた結果、撤退に至ったのでしょう。

 

 

まとめ

「タッチフォーカス 販売終了 理由」を整理すると、

 

・高価格による普及の壁
・BtoC市場への適応不足
・体験機会の不足
・シニア層との相性

 

 

このあたりが複合的に影響したと考えられます。

とはいえ、この技術自体は非常に魅力的です。

 

 

将来的に価格が下がり、より身近な形で再登場する可能性は十分あるでしょう。

個人的には、次はもう少し手の届く価格で再チャレンジしてほしいものです😊

老後の楽しみとして、こうした技術の進化を見守るのも悪くありませんね。

 

 

 

 

先日、週刊誌でちょっと胸が痛くなるニュースを読みました。

「ドラえもん」の声で私たちの世代を育ててくれた、大山のぶ代さん(1933〜2024、享年90歳)の遺産が、最終的に国庫に帰属することになりそうだ――という報道です。

2024年9月29日、老衰のため施設でひっそりと旅立たれた大山さん。その三回忌(2026年9月)を前に、こうした形での「決着」が報じられているわけです。

私は元新聞記者として、こういった報道に接するたびに「記事の背後にある人間模様」を読もうとする癖がついています。今回もただの「お金の話」ではなく、もっと深いものを感じました。少し掘り下げてみましょう。📰


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🏠 大山のぶ代の旦那・砂川啓介とはどんな人?
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大山のぶ代さんの旦那・砂川啓介さん(1937〜2017、享年80歳)のことは、「たいそうのおにいさん」として覚えていませんか?

1961年、NHK『うたのえほん』の初代「たいそうのおにいさん」として大ブレイクした方です。当時は子どもたちのアイドルでした。私も子どもの頃、テレビで見ていた記憶があります。

ところが晩年の砂川さんを知ると、その「すごさ」はキャリアではなく、人間としての器にあったと感じます。

大山さんの認知症が進んでからの介護は、排泄介助、徘徊の対応、幻覚への付き合いと、並大抵のことではありません。しかも自身も病を抱えながら、です。

その記録は著書『娘になった妻、のぶ代へ ~大山のぶ代「認知症」介護日記~』(2015年、双葉社)にまとめられ、ベストセラーになりました。

「娘になった妻」という表現が、なんとも切なくて……。

私も息子と娘がいますが、もし妻が認知症になったとき、自分に同じことができるか。正直なところ、自信はありません。砂川さんの姿は、夫婦のあり方、老いの覚悟について、深く考えさせてくれます。


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👶 大山のぶ代に子供がいない理由――2度の悲しい死別
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大山のぶ代さんに子供がいない理由を知ったとき、私は言葉を失いました。

大山さん夫妻は、子供をとても望んでいたのです。しかし、旦那の砂川啓介さんとの間に、2度の取り返しのつかない悲劇が起きました。

最初は妊娠7ヶ月での死産(男児)。2度目は生後わずか3ヶ月で心臓と肺の疾患により亡くなった娘さん・絵梨加ちゃん。

これほどの悲劇を経験しながらも、夫婦は50年以上を連れ添いました。砂川さんは認知症を患った大山さんを約7年間(2700日以上!)、自身も胃がん・尿管がんを抱えながら在宅介護し続けました。

「君より先には死ねない」という言葉は、読んでいて目頭が熱くなります😢

大山のぶ代さんに子供がいないのは「望まなかったから」では決してありません。2度の死別という深い悲しみを抱えながら、それでもドラえもんの声に「子どもたちへの愛」を注ぎ続けた――そう思うと、あのしゃがれた優しい声の意味が、少し違って聴こえてきます。


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🏦 大山のぶ代の遺産はなぜ国庫に? 相続人ゼロの事情
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では、なぜ大山のぶ代さんの遺産が国庫に帰属することになったのか。

旦那の砂川啓介さんが2017年に先立たれた後、大山さんは認知症が進行した状態で施設に入居。子供もなく、兄弟などの近親者も存在しないため、相続人はゼロとなりました。

個人事務所は2025年11月ごろ解散し、不動産の売却益も含めたすべての遺産が国に渡る見込みとなっています。

日本の民法では、相続人が誰もいない場合、財産は最終的に国庫に帰属する仕組みです。法律的には当然の帰結なのですが……何とも言えない気持ちになります😔


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📝 元記者として思う「終活と認知症」の問題
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記者時代、私は社会部で高齢者問題や相続トラブルの取材を何度もしてきました。そのたびに痛感したのは、「元気なうちに手を打っておかないと、後で必ず揉める」ということです。

大山さんのケースは、相続人がいないという特殊な事情ゆえ、国庫帰属という形になりました。ただこれは、ある意味「揉めなかった」とも言えます。

むしろ問題になるのは、相続人がいるのに遺言がない場合です。親族間の争い、いわゆる「争族(そうぞく)」は、財産が多くなくても起きます。私の取材経験でも、数百万円の預金をめぐって兄弟が数年間裁判を続けたケースがありました。

今回の報道が「終活・遺言の重要性」や「認知症と財産管理」の話題として注目されているのは、当然だと思います。

私自身、数年前に公証役場で遺言書を作りました。子どもたちへの財産の分け方、葬儀の希望、妻への言葉……。書き終えたとき、妙にすっきりした気持ちになりました。「やることをやった」という感覚です。✅

認知症になってからでは、遺言を書くことができなくなります(意思能力がないと判断されるため)。元気なうちに、専門家(弁護士・司法書士・公証人)に相談して、遺言書や任意後見契約を整えておくことを、同世代の皆さんにも強くお勧めしたいと思います。


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🌸 おわりに――「終わり方」を考える年齢
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定年退職して年金生活に入り、こういった記事を書くようになって気づいたことがあります。

50代・60代というのは、「終わり方」を真剣に考え始める年齢なのだ、と。

大山のぶ代さんと旦那の砂川啓介さんの夫婦の物語は、華やかなスターの話であると同時に、子どもを失う悲しみ、老いと病、介護、そして「誰に看取られるか」という普遍的な問いを、私たちに突きつけています。

大山のぶ代さんに子供がいなかったこと、旦那の砂川さんが献身的に介護を続けたこと、そして巨額の遺産が国庫に消えること――これらすべては、「自分の意思をいかに残すか」が大切だということを教えてくれているように思います。

皆さんは、終活、もう始めていますか?💭

まだという方は、ぜひ一度、ご家族と「もしものとき」の話をしてみてください。大山さん夫婦の物語が、そのきっかけになれば、きっとあのしゃがれた優しい声も、喜んでくれるのではないかと思います。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。🙏

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※本記事は、各種報道(女性セブン、文春オンライン等)および公開された書籍・資料をもとに構成した個人の考察・感想です。