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「今年こそは自分らしい働き方を見つけたい」

「自分の方向性を明確にして突き進みたい」

「でも、自分には人に見せられるような特技も、

情熱を持てるものもない」

 

 

 

そんな風に、真っ白な手帳を前にして、

期待よりも焦りを感じている方も

多いかもしれない。

 

 

 

SNSを開けば、自分の強みを活かして

輝いている人ばかりが目に入り、

それに比べて自分は…と、

自分の価値を低く見積もってしまう。

 

 

 

それは、自分の活かし方を知らないだけ。

気づいていないだけ。

実はもうすでに持っている。

 

 

 

偉そうなことを言っていますが、

実はかなりの「迷走」を経験してきたし、

よく迷走をする。

 

 

 

12年間の携帯電話販売員としてのキャリア、

店長としての責任ある立場。

 

 

 

一見、順風満帆に見えるかもしれないが、

その裏側では常に自分の本当の居場所を

必死で探していた。

 

 

 

10代後半から20代前半の事務職時代。

 

 

 

やるべきことが明確すぎて、

単調な作業が続く毎日。

 

 

 

時計の針が全く進まず、

5分が1時間のように感じていた。

 

 

 

座っていればお金がもらえる、

ラクな仕事だ、ラッキー!だなんて

一切思えなかった。

 

 

 

私にとっては

苦痛で苦痛で仕方なかった。

 

 

 

お金だけのために働くことが

苦痛だから。

 

 

 

私を活かせて、

貢献できているという

実感が欲しかったんだと、今ならわかる。

 

 

 

周囲からは「安定していて良い仕事だね」

と言われていたけど、

私の心は少しずつ削られ、

私の人生本当にこれで良いのかなと

焦燥感を感じるようになっていた。

 

 

 

だからこそ、ここではないどこかへ行きたいけれど、

どこへ行けばいいか分からない。という不安は、

常に持っていたから、そういう人の気持ちは

痛いほどよく分かる。

 

 

 

私は、事務職を辞めた後、

募集もしていないケーキ屋さんに

「働かせてください」と電話をかけ、

突撃したことがあるくらい、

必死で夢中になれる場所を探し求めてきた一人だから。

 

 

 

そんな私が、最近アルバイトをしている大福屋さんで、

一人の就活生と出会った。

 

 

 

彼女は働くことへ喜びもなければ、

やりたいことが見つからない。と、

まさに以前の私と同じように悩んでいた。

 

 

 

私は、彼女の分析を開始した。

分析は、やりたい、やりたくない、関係なく

勝手にやってしまう。

 

 

 

そこで彼女に伝えた、

自分の「得意」や「好き」を特定するための

本質的な視点を、共有しようと思う。

 

 

 

彼女は教師を目指していたが、

親の反対で迷っていた。

 

 

 

私は彼女に、教師という

「名前」で仕事を選ぶのではなく、

自分のエネルギーがどちらに動くのかを

確認するように伝えた。

 

 

 

彼女は、勉強が嫌いな子を

無理やり机に向かわせることには

苦痛を感じるけど、

興味を持っている子を

さらに伸ばすことには、

楽しい。ということを話してくれた。

 

 

 

エネルギーというと、抽象的で

わかりづらいかもしれないけど、

何をしている時がワクワクするのか、

心地いいのか、やる気に満ち溢れるのか。

 

 

 

心の動きが大事。

 

 

 

私は結構、物事ではなく

動詞で考えたりする。

 

 

 

本が好きだったとしても、

好きな角度は無数にある。

 

 

 

読むことが好き、書くことが好き、構成を練ることが好き、

デザインすることが好き、匂いが好き…

 

 

 

本が好きだから、

小説家になる!という安易な結論ではなく、

どこがどのように好きなのか。が重要。

 

 

 

だから私は会話の中で

なんで?どうして?どう思ったの?

と質問責めしてしまう。

 

 

 

彼女は「自分には特技がない」

と言い張っていた。

 

 

 

けど私から見れば、彼女が自然に行っている

相手の意欲を察し、適切なアドバイスをすることは、

立派な才能だと確信している。

 

 

 

呼吸するように普通にできることは、

他人から見れば、喉から手が出るほど欲しい

特別なことである可能性が高い。

 

 

 

「こんなの誰でもできるでしょ?」

と思った瞬間、その奥にその人にしかない

強みが隠れている。

 

 

 

私は、彼女に

「あなたは、マイナスの状態を癒やす

リハビリの担当ではない。

一歩踏み出そうとしている人の背中を押し、

さらに加速させる担当なんだよ」と伝えた。

 

 

 

そして、私も同じなんです。

私は、傷ついた人を

優しく包み込むような言葉をかけるのは、

正直言ってあまり得意ではない。

 

 

 

気持ちに共感はできてしまうけど、

そういう人たちを救えるのは

もっと向いている人がいるから。

 

 

 

けど、何かを実現したい、

自分を表現したいと願う人の横で、

「あなたなら行ける!」と

なぜ行けるのか、の理由をあれこれ言いながら

100回叫び続けることはできる。

 

 

 

すでにある強みを、圧倒的な成果まで拡大させる。

それが私の仕事であり、生きがいだ。

 

 

 

「当たり前」だと思って見過ごしてきた感覚を、

誰の真似でもない武器と魅力に変える。

 

 

 

そんなサービスを現在構築中です。

 

 

 

2026年。

いい加減、私も自分の強みを、

しっかりと形にして、提供していく。

 

 

 

必要としている人に届くように、

しっかりと看板を出すことが

私の覚悟であり、誠意だから。

 

 

 

 

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傷口をさらに開き、自分の傷を見ながら、

この切り口の深さは…あいつのあの言葉が原因か。

 

そして血の色が黒いのは、

私の過去のトラウマが反応しているからだな。

と、自分自身を手術台に乗せて、

冷静にメスを入れています。

 

血まみれになりながら

痛みの正体はこれだったよ! 怖くないよ!

と面白おかしく、怒り狂いながら伝えています。

 

私が好むのは、表面的な優しさよりも、

核心を突く本質的な毒。

 

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くだらないことで高笑いし、ドロドロした悩みさえも

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私には、世界が少しだけ、
違って見えている。たぶん。

 

 

目の前にある色が
「ピンク」という色に
カテゴリ分けされているということが、
自信を持って言えない。

 

 

その分類ができない自分を、
ずっと「おかしい」と、恥じている。

 

 

私は色弱で、色の識別が難しい。

 

 

仕事中とか、同僚に
「そこに置いてある、ベージュの紙とって!」
など、色で指定されると、
何が何だかわからなくなる。

 

 

にも関わらず、
どうしても美容部員がやりたくて
その旨を伝えた上で、臨んだこともある。

 

 

やってみたら、なんとかできるもんだった。

色の識別はよくわかってはいなかったけど、
初めて色を覚える感覚でやっていたから、
自分の中の方程式に当てはめて、
やり過ごしていた。

 

 

色は、見える。
はっきりと。

 

 

ただ、その見えている色が、
世の中の人が言う
「グレー」なのか、「ベージュ」なのか、
そのカテゴリのどれに属するのかが、
わからない。

 

 

洋服を買いに行っても、
「くすみピンク」と
「モカベージュ」の違いを力説されても、
私の目には、キレイな名前のない
グラデーションとして映るだけ。

それぞれ違う色ということは
分かる。

 

 

けど、違いが分かるだけで
何色か(カテゴリ)がわからない。

だから、気の知れた家族や友人には
「これは何色なの?」
と、聞く。

 

 

その答えに、毎回驚かされる。

自分が認識している色と
全然違うから。

 

 

みんなが当たり前に持っている
「色の物差し」を、私だけが持っていない。

 

 

そのことに、
ずっと劣等感を抱いてきた。

 

 

「正解」の箱に、
自分を入れられない感覚。

当たり前にわからない私は
仲間はずれにされたような、疎外感。

 

 

そして気づいたのは、
この感覚は、色の話だけじゃない。

 


私の人生そのものじゃないか、
ということ。

 

 

「ちゃんとした社会人」
「自立した女性」
「良きパートナー」
「聞き分けのいい、大人」
「優しいお母さん」

 

 

世の中には、
たくさんの生き方の
「カテゴリ」がある。

 

 

そして誰もが、そのどれかに
自分を当てはめようとする。

 

 

でも、私は、
そのどれにも、しっくりこない。

 

 

心を殺して
会社員をしていたと思えば、
衝動的に辞めてケーキ屋で働き出す。

 

 

自分のサービスで
生きていこうと決意したかと思えば、
生活のために理不尽な厨房にも立つ。

 

 

誰かを必死で支えたいと願う
「与える人」でありながら、
誰よりも「一人になりたい」と叫ぶ、
そんな人間。

 

 

私の人生は、
いつもチグハグ。

どのカテゴリにも、
綺麗に収まることがない。

 

 

そんな自分を
「おかしい」「恥ずかしい」
と思っていた。

 

 

みんなとズレている、
色の名前を言えない
自分と同じように。

 

 

でもふと思った。

もしかしたらおかしいのは、
私の方じゃないのかもしれない。

 

 

世の中は、複雑で、
無限の色で満ちている。

 

 

それなのに、
人間はたった数十個の名前(カテゴリ)で、
そのすべてを分類しようとする。

そこに、無理があるんじゃないのか。

 

 

私が「ピンク」という名前を
自信を持って言えないのは、
私の目には、
「桜の花びらのようでもあり、
夕暮れの空のようでもある、
可愛くもあり、美しい色」
そのものが見えているから。

 

 

「ピンク」という
分かりやすいラベル。

どこからどこまでが
ピンクなのか。

本当にわからない。

 

 

その「わからない」という感覚が、
ずっと怖かった。

 

 

みんなが当たり前に持っている共通の地図を、
私だけが持っていないような。

 

 

だから必死で、知ったかぶりをしたり、
分かったフリをして、やり過ごしてきた。

 

 

私がこの「色の名前がわからない」ことを、
こんなにもネガティブに捉えてしまうのは、
なぜだろう。

 

 

もしかしたら、私自身がまだ、
世の中の「正解」や「普通」

という名の箱に、
必死で収まろうとしているのではないのか。

 

 

色の名前を言えないこと自体が
問題なのではなく、
「言えない自分はおかしい」

と思い込んでしまう、
私のその心が、私を苦しめているだろうな。

 

 

生き方も、きっと同じで。

「ちゃんとした社会人」や
「聞き分けのいい大人」という箱。

その箱に綺麗に収まれない自分を、
私はずっと恥じてきた。

 

 

でも、それは本当に
「間違い」なのか。

 

 

私のこの目は、他の人より
優れているわけじゃない。

 

 

ただ、違うだけ。

 

 

そして、その違いを、
もう無理に「普通」の物差しで測るのは、
やめにしようと思う。

 

 

名前のない色を、名前のないまま、
カテゴリのない生き方を、
カテゴリのないままで。

 

 

それが、ようやく私が見つけ出した、
というか、

受け入れられるようになってきた、
枠や型に収まることができない私にとっての、
自由の始まり。

 

 

 

 

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本音という名の真実を
傷口をさらに開き、

自分の傷を見ながら、
この切り口の深さは…

あいつのあの言葉が原因か。

 


そして血の色が黒いのは、
私の過去のトラウマが

反応しているからだな。

 


と、自分自身を手術台に乗せて、
冷静にメスを入れています。

 


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痛みの正体はこれだったよ! 

怖くないよ!
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今日のラジオでは、

ちょっと深めの孤独について話しました。

「理解するのに、理解してもらえない孤独」

「深い話をしたいのに、

わからないと言われてしまう孤独」

 

 

お金の不安の話も交えて、

誰もが持っている悩みの奥にある

“言葉にしづらい悩み”について

掘り下げています。

 

 

お金って

喜び、不安、焦り、怖い…

いろんな感情を乗せやすい

物質だと思っています。

 

 

お金に対する悩みの根本は

実はお金そのものではないんです。

 

 

みんな同じように悩んでいるように見えても、

感じ方や抱えているものは全然違う。

 

 

どう捉えているのかがわかると、

解決もしやすくなると思うし、

向き合い方も変わると思っています。

 

 

その違いをそっと覗いてみると、

自分の感情や孤独と向き合うヒントが

見つかるかもしれません。

 

 

表には出せない、でも誰かに話したくなるような夜の独白。

温かいお茶を片手に、少しだけ心の奥に潜ってみませんか?

 

 

メンバーシップ限定で配信しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

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SNSを開くと、

自分よりずっと上手に写真を撮る人、

ずっと美しい文章を書く人、

ずっと説得力のある人、

ずっとキラキラして見える人が目に飛び込んでくる。

 

 

「ああ、すごいな」と思うと同時に、

「私はこれで大丈夫なのかな」と、

急に自分のやっていることに不安になってくる。

 

 

自分が伝えていることに、自信はある。

 

 

けど、自分以上にすごいと思える人を見た途端、

「これって、別に私じゃなくてもいいんじゃないか?」

「もっとすごい人がいるんだから」

と、考ええてしまう時があります。

 

 

もっと上手い人が、世の中には五万といる。

もっと実績のある人が、次から次へと現れる。

 

 

私が今、必死で差し出そうとしている「これ」は、

果たして本当に価値があるのだろうか。

 

 

私は、この不安が襲ってくるのは、

ダメなことではないと思うんです。

 

 

お客さんと誠実に向き合いたいから出てくる不安で、

たくさん考えているからこそ、迷子になっていると、

私は感じます。

 

 

私が会社員で12年間積み上げた「経歴」とは、

私にとっては、自分の心を殺して

「会社の決めた手順」に適応し続けた

時間の長さでしかありませんでした。 

 

 

理不尽なクレームに頭を下げ、

必要のない商品を笑顔で提案し、

上司と部下の板挟みでエネルギーを消耗する。 

 

 

そこには、私自身の「信念」が入り込む隙間は、

1ミリもありませんでした。

 

 

そんな私が会社を辞め、

次に求めたのも、また「立派な経歴」でした。 

 

 

「月商7桁」を謳う、キラキラした起業塾。

 

 

40万円を払い、今度こそ「成功法則」を

身につけようと必死になりました。 

 

 

言われるがままに「いいね」を押し、

1日3投稿し、フォロワー数だけを追いかける

虚しい作業。 

 

 

その結果、私の元に集まってきたのは、

依存体質の「私はどうしたらいいですか」と

答えを丸投げしてくる人たちでした。

 

 

私は心底、絶望しました。

 

 

12年間の「立派な経歴」も、

40万円の「成功ノウハウ」も、

私を「私」として輝かせてはくれない。

 

 

「私じゃなくてもいい」という不安は、

強くなる一方でした。 

 

 

「その『やり方』の土俵で戦おうとした瞬間、

私は『私じゃなくてもいい』という不安から、

もう絶対に逃れられなくなる」と

気づいてしまったのです。

 

 

私より上手に「キラキラ」を演じられる人。

私より上手に「役立つノウハウ」を語れる人。

私より上手に「実績」を並べ立てられる人。

 

 

その土俵に立つ限り、私は無数の

「その他大勢」の一人でしかなく、いつか必ず、

もっと上手い誰かに取って代わられる存在だと

感じていました。

 

 

私が本当に苦しかったのは、

集客ができなかったから、だけじゃありません。

 

 

その「やり方」が、

私の「本当の気持ち」や「信念」と、

致命的にズレていたからです。

 

 

「こんなの、私が本当にやりたいことじゃない」と、

心の奥底で自分が叫んでいるのに、

無視し続けたからです。

 

 

「私じゃなくてもいいのでは?」という問いは、

テクニックやノウハウ、実績といった

「やり方」の土俵に立っている時にだけ、

苦しめる存在だと、私は思います。

 

 

「やり方」だけで比べるのなら、

「私じゃなくてもいい」は、

ある意味で本当だから。

 

 

私よりも美しい文章を書ける人は、

世界中に何万人もいる。

 

 

私よりも高度な動画編集技術を持つ人も、

星の数ほどいます。

 

 

私よりも優れた

マーケティング理論を語れる人も、

もちろんいます。

 

 

もし、人が「機能」だけで

価値を測るのだとしたら。

 

 

より高性能で、より安価な「誰か」に、

いつか必ず取って代わられてしまう。

 

 

私は、又吉直樹さんや、オードリーの若林さん、

星野源さんや、詩人の黒川龍介さんが好きです。

 

 

彼らの言葉に強く惹かれます。

 

 

彼らが「日本一手っ取り早く小説を書く方法」や

「絶対にスベらないトーク術」のような

「やり方」を教えてくれるからではありません。

 

 

私たちが心を掴まれて離さないのは、

彼らの「あり方」そのものなんです。

 

 

「なぜ、こんなにも人間関係は厄介なのだろう」

と悩み抜き、その答えの出ない問いを抱え続ける、

面白くて面倒くさい視点。

 

 

「なぜ、自分は社会にうまく馴染めないのだろう」と、

世の中の「普通」に対して深く潜り続ける、

不器用な探求心。

 

 

「なぜ、あの時、あの一言が言えなかったのだろう」と、

過去の自分の言動を何度も反芻する、繊細な痛み。

 

 

彼らは「やり方」ではなく、「あり方」そのものを、

「作品」にしています。

 

 

だから、彼らの言葉に触れると、

「ああ、こんな風に感じているのは、

私だけじゃなかったんだ」と、

救われた気持ちにもなるし、

自分も案外悪くないなと思えるんです。

 

 

彼らに「あなたじゃなくてもいい」なんて、

私は全く思えません。

 

 

その「面倒くささ」や「不器用さ」や「生きづらさ」こそが、

彼らだけが持つ、他の誰も代わりになれない、

唯一無二の価値だから。

 

 

「私じゃなくてもいい」という不安から、

「あなただから、いい」という確信になるんです。

 

 

現在、脳出血で半身麻痺になった、ずーみーの

SNSプロデュースもしていて。

 

 

彼が本当に伝えたかったのは、

「こんなすごいリハビリをしました(やり方)」

ではありませんでした。

 

 

彼が伝えたかったのは、

「『もう死にたい』とまで思った、あの日の絶望」

「それでも、やっぱり仲間と笑い合いたいという、切実な願い」

でした。

 

 

私がやったのは、

「バズる動画の作り方(やり方)」

を教えることではありません。

 

 

彼の、不器用で人間臭い「あり方」そのものを、

彼の「物語」として翻訳し、

一緒に言葉を紡いでいくことでした。

 

 

その「本質」が、多くの人の心を動かしたんだと、

私は信じています。

 

 

「もっとうまくやらなきゃ」

「あの人みたいにならなきゃ」

そうやって、他人の物差しで自分を測ろうとしなくて

いいと思っています。

 

 

それをした瞬間、自分が本当に大事にしていることや

魅力が霞んでしまうから。

 

 

「やり方」は、検索すれば出てくるし、

お金を払えば学べるし、真似もできます。

 

 

でも、「あり方(物語)」は、

誰にも真似できません。

 

 

テクニックや実績(やり方)を求めている人は、

確かに「あなたじゃなくてもいい」と言うかもしれません。

 

 

でも、あなたの「あり方」に惹かれる人は、

必ず存在します。

 

 

その人は、あなたの「面倒くささ」や

「不器用さ」を見て、こう思うはずです。

 

 

「他の誰かじゃ、ダメなんだ。

あなただから、いい」と。

 

 

 

 

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あなたの心のモヤモヤも、

言葉にならない感情も、

ここでは全てが「正解」です。

 

ブログでも、メルマガでも書けない本音。

世間体を忘れて、

もっと深くてカッコ悪い話をしませんか。

 

周りのことは気にせずに、

自分のためだけに休める場所のメンバーシップ

「いい人、本日休業」でお待ちしています。

 

 

 

 

 

 

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私は今、届けたい想いや、届けるべき言葉を持っているのに、

それをどう表現すればいいかわからない人のために、

プロフィール制作やショート動画制作という形で、

その世界観を言語化し、形にする仕事をしています。

 

 

また、脳出血で半身麻痺になったずーみー(いずみともひろさん)

という男性のSNSプロデュースを手がけ、

彼の「希望を届けたい」という想いを翻訳したショート動画は

700万回以上再生され、フォロワーは1,200人から2.6万人へと増えました。

 

 

彼の挑戦である「全国おしゃべり会」にも同行し、

物語がリアルな場で希望に変わる瞬間を、

一番近くで見届けています。

 

 

そして、本の出版にも挑戦中です。

 

 

noteのメンバーシップでは、「支える人」の、

誰にも言えない本音を、私の言葉で綴っています。

 

 

なぜ、私がこんなことをしているのか。

 

 

それは、私自身が

「私には、語るような物語なんてない」と、

心の底から思い込んでいた人間だからです。

 

 

 

 

 

周りから見たら、きっと

「幸せ」な部類だったと思います。

 

 

安定した会社員という身分。

二世帯住宅の家。そして、「仲の良い旦那さん」。

それなのに、私の心には、いつも

「何か」がポッカリと穴が開いていました。

 

 

この、贅沢で誰にも理解されない感情の正体は、

一体なんなのでしょうか。

 

 

その答えを探す旅が、私の人生そのものでした。

 

 

物心ついた時から、私は「他人の顔色」を窺う子供でした。

 

 

自分のための買い物でさえ、

「私の選択で母に認めてもらえるものはどれだろう」と、

そればかり考えていました。

 

 

保育園の頃、りかちゃん人形が欲しいと言えば

「そんなものいらないでしょ」と母に否定され、

「ああ、私の欲しいものは間違っているんだ」と、

自分の欲求に蓋をする癖を覚えたのです。

 

 

小学校3年生で転校すると、

いじめが始まりました。

 

 

集団無視です。

 

 

通学路では誰も話してくれず、

誰も信用できなくなりました。

 

 

毎朝吐きそうになりながら、

それでも親に迷惑をかけたくなくて、

登校拒否する勇気もありませんでした。

 

 

父からは、褒められた記憶がありません。

 

 

テストでいい点を取っても

「そんなの当たり前だ」と言われるだけ。

 

 

頑張っても報われない、という無力感が、

私の自己肯定感を静かに蝕んでいきました。

 

 

そして感情に蓋をすることが、

自分を守る唯一の方法なのだと学んでしまったのは

母が脳梗塞で倒れた時でした。

 

 

日に日に自分の名前さえ言えなくなっていく母。

 

 

先生に名前を聞かれると、

私の名前を何度も言っていたと聞き、

切ない気持ちになりました。

 

 

病院からの帰り道、

窓からずっと私を見送ってくれる母に気づかれないよう、

毎回声を殺して泣いていました。

 

 

父に「母の前で絶対に泣くな。

本人に心配かけちゃダメだから」と言い聞かせられ、

私は悲しみや寂しさという感情を、

心の奥底に必死で押し殺したのです。

 

 

それが、私が家族のためにできる、

唯一のことでした。

 

 

中学で入った吹奏楽部は、

校内一練習が厳しかったのです。

 

 

夏休みも冬休みもほとんどなく、

毎日が朝練と放課後練の繰り返し。

 

 

苦痛で、辞めたくて仕方がなかったけれど、

辞めるための「立派な理由」が見つからず、

ただ耐え続けました。

 

 

心を殺すこと、感情に蓋をすること、

理不尽に耐えること。

 

 

今思えば、あの頃の出来事はすべて、

これから始まる長い苦悩の物語の、

序章に過ぎなかったのかもしれません。

 

 

私は、ケータイ販売員を12年間勤めてきました。

 

 

出勤時間は毎朝10時。

 

 

まだ始業すらしていないのに、

早く1日終わらないかな・・・

と憂鬱な気持ちで出勤。

 

 

毎日思っていたことが

朝目が覚めた瞬間

あぁ…今日も始まった。

 

 

家にいるのに

帰りたい・・・と思ってしまうほど

苦痛でした。

 

 

仕事内容は、接客と販売です。

 

 

ケータイショップは

「受付」をするだけと思われていますが、

営業職となんら変わりませんでした。

 

 

「とにかく来店したお客さんを

手ぶらで帰らせるなんて有り得ない。」

「売り手の流れに持っていくことが当然。」

と上司からは毎回言われ続ける日々。

 

 

数字だけしか見てくれず、

部下の気持ちは無視でした。

 

 

必死で頑張っているにも関わらず、

数字でしか見てもらえないことに

ショックな気持ちと、

そんな会社に勤めている自分に

がっかりしていました。

 

 

来店されたプラン変更だけのお客さんに対しても

必ず営業をかけなければなりません。

 

 

断られることは当然と思いながらも、

必要のない商品やオプションを

必ず提案していました。

 

 

プラン変更だけできている方や

操作説明を聞きに来ている方へ、

全く関係のない商材を

提案しなければならないんです。

 

 

不審がられないようにする為に

しっかりとコミュニケーションを取り、

わずか5分から10分で信頼関係を築き、

洗脳させるような営業トークをしていました。

 

 

お客さんの迷っている表情を見ていると

胸が痛くなるんですよね・・・

騙しているようなそんな感覚でした。

 

 

次々に来店されるお客さん。

 

 

また同じ話ししなきゃいけない・・・

と常に憂鬱な気持ちでした。

 

 

理不尽なクレームも多く、

とにかく窓口の私たちは当たり散らされ、

怒鳴られ、ひどい時は

胸ぐらを掴まれ警察沙汰になったこともありました。

 

 

こちらが悪いわけでもないのに

ペコペコ頭を下げて謝らないといけないことも

何度もありました。

 

 

お客さんの様子を伺って

お客さんの機嫌を取っている自分も

ものすごく嫌でした。

 

 

なので接客業にも関わらず、

お客さんを快く迎えることが

できませんでした。

 

 

私が店長だった時は、

上司と部下の板挟みもありました。

 

 

上司からは

「実績が足りない。あと◯件!達成率が低い!」

と言われるものの

 

 

部下からは

「もっと私たちの気持ちを考えてほしい」

と訴えられる。

 

 

部下へはモチベーションを

上げさせる責任があり。

 

 

上司には数字で結果を見せなければならない。

 

 

両者へうまく立ち回らないといけないストレスが

どんどんたまる一方でした。

 

 

部下同士の人間関係のトラブルの解消が

とてつもなく面倒くさかったです。

当時はそんなこと言えませんでしたが・・・

 

 

人間関係の修復の板挟みで

ものすごくエネルギーを消耗していました。

 

 

スタッフが30人ほどいる店舗を

受け持ったこともあり

一方の肩を持つようなことをすれば、

一方は拗ねてしまう。

 

 

スタッフ間の恋愛の絡れもあったり。

 

 

会社は学校じゃないのに・・・

と思いながらも

人間関係のトラブルも対処してきました。

 

 

学校の先生をしているかのようでした。

 

 

こんな事ばかりしていたので

私は一体何をしているんだろうと

考えてしまうこともありました。

 

 

当時、私は結婚していました。

 

29歳の時、「これを逃したら次がない」という

崖っぷちの焦りが私の背中を蹴飛ばした、

そんな結婚でした。

 

 

二世帯同居の家はあったし、

義両親は優しい人たちでした。

 

 

でも、扉一枚開ければ繋がっているその空間は、

常に誰かの気配がしました。

 

 

ひとりになる時間が絶対に必要な私にとっては、

息苦しくて仕方がなかったのです。

 

 

満たされない心の穴を埋めるように、

私は「挑戦」を求めました。

 

 

「何か新しいことにチャレンジしたい」

そう打ち明けるたびに、

夫は決まってこう言いました。

 

 

「長年のキャリア、福利厚生、手放すのは勿体無いよ」

 

 

正論です。

あまりにも、正しい。

 

 

でも、その正論が、

私の心をどんどんしぼませていきました。

 

 

「それでもやりたい!」と、

なぜ、あの時言えなかったのか。

 

 

もし新しい挑戦がうまくいかなかった時、

彼に「だから言っただろ」と、

ドヤ顔で言われるのが死ぬほど怖かったからです。

 

 

失敗への恐れ。

でも、それは単なるプライドの問題ではありませんでした。

 

 

応援してくれる味方もいない、

たった一人の場所で、どんどん肩身が狭くなって、

私という人間の価値まで、

なくなってしまうんじゃないか。

 

 

そんな、情けなくて悲しい恐怖が、

私の身動きを取れないようにしていたのです。

 

 

自分の人生のハンドルを、

他人の「正論」に明け渡している。

その無力感が、私から生きる実感や充実感を奪っていました。

 

 

そして、もう一つの、より根深い原因。

 

 

それは、夫への、拭いきれない「不信感」でした。

 

 

彼は休日に、会社の女性上司とよく遊びに行っていました。

 

 

あまりにも親密なその関係が、

私の心をざわつかせていたのです。

 

 

ある朝、私は、やってはいけないと知りながら、

彼のスマホをこっそり見てしまいました。

 

 

そこに並んでいたのは、

上司と部下というには、

あまりにも親密すぎるメッセージのやり取りでした。

 

 

勝手に見てしまった罪悪感で、

私は何も言えませんでした。

 

 

でも、その日から、私の心に開いた穴は、

もう何をしても塞がらなくなったのです。

 

 

「不幸じゃない」という仮面の下で、

私の心は、確実に、壊れていきました。

 

 

決定的な転機は、

不妊治療中に訪れました。

 

 

結婚して2年、子供ができず、

お互い検査をしても異常はありませんでした。

 

 

私は、治療に専念することを決めたのです。

 

 

シフト制の仕事の中、

指定された日に病院へ行くため、

職場の皆に頭を下げて回る。

 

 

その申し訳なさが、さらに私を苦しめました。

 

 

その時の私の動機は、

今思えば、あまりにも不純でした。

 

 

「子供ができれば、時短勤務ができる」

 

 

どうしても、仕事を変えたかった。

 

 

けどそれが許されないのなら、

物理的に働けない状況を作りたかったのです。

 

 

それともう一つが

「母に孫の顔を見せてあげたい」という、

一方的な親孝行でした。

 

 

父を亡くした母を、私が勝手に

「かわいそう」だと決めつけ、

その役割を背負っていたのです。

 

 

ある日、その気持ちを母に伝えました。

 

 

すると母は、私の目をまっすぐに見て、

こう言ったのです。

 

 

「お母さんのことはいいから、

自分の幸せだけを考えなさい」

 

 

私は、溢れそうな涙を必死で堪えました。

あの時の情景を、鮮明に覚えています。

 

 

私が「母のため」だと思い込んでいた

独りよがりの親孝行が、

むしろ母に罪悪感を感じさせてしまうことに、

その時まで気づいていませんでした。

 

 

そして、母は、私の幸せを

誰よりも思ってくれていたのです。

 

 

私が本当に願っていたのは、

子供を持つことではありません。

 

 

「子供を持つ」という世間一般の

「当たり前の幸せ」を手に入れることで、

母を安心させることだったのです。

 

 

私は、自分の人生を生きていませんでした。

 

 

その日から、私の中で、

何かがプツリと切れました。

 

 

ストレスが溜まりに溜まって、

会社の仲間と週1~2回

名古屋駅へ飲みに行っていました。

 

 

当時私は岐阜の店舗に勤めていましたが、

岐阜からの終電が早いからという理由で

わざわざ名古屋駅までみんなで行っていました。

 

 

とにかく長い時間飲んでいたかったし

家に帰りたくなかったのです。

 

 

そして毎回必ず2~3件のはしご。

 

 

そして終電ギリギリまで会社の不満を言い合う、

飲み会という名の「愚痴大会」でした。

 

 

まずは生ビール3杯、

次にレモンチューハイ2杯。

お店を変えて、ワインのボトルを1本開けていました。

 

 

これは一人分の量です。

 

 

終電に乗ったものの、

ベロベロに酔っぱらっているので

電車内で爆睡してました。

 

 

気持ちよく眠ったまま

二つ先の駅まで乗り過ごしてしまうことも

一度や二度ではありませんでした。

 

 

戻って来れる電車が無いので

仕方なく今にも雪が降りそうな真冬の道を、

真夜中に2時間かけて徒歩で

帰ったこともありました。

 

 

こんな生活を繰り返していたせいで、

お金のために働いているにも関わらず、

そのお金を飲みに行くために使い、

どんどん太るし胃も痛くなるし

体もボロボロ。

 

 

終電まで飲んで、睡眠もしっかりとれず

心も体もクタクタの日々を

繰り返していました。

 

 

お金が貯まる代わりに、ストレスが溜まり、

ストレスを失くすために、お金が無くなる。

 

 

なんのために働いているのか

わかりませんでした。

 

 

ストレス発散だと思ってやっていたことが、

悪循環を招いていたのです。

 

 

飲みに行っての愚痴大会も、

その場だけはスカッとしていました。

 

 

ただ愚痴を言い合うだけで、

根本的な問題解決にはなっていなくて。

 

 

それでも繰り返すことしかできなくて

負のループから抜け出すことができずにいました。

 

 

そして、私は、離婚の理由が欲しくて、

バレるように浮気をしました。

 

 

遊びではありませんでしたが、

この歪んだ結婚生活を終わらせるための、

引き金が欲しかったのです。

 

 

案の定、夫に気づかれ、そこから約1ヶ月、

仕事から帰っても寝かせてもらえない、

地獄のような日々が始まりました。

 

 

心身ともに限界だった私は、

母の誕生日にケーキを持って実家へ帰り、

すべてを打ち明けました。

 

 

母は一言、「すぐに帰ってきなさい」

と言ってくれたのです。

 

こんなことになっても、

味方でいてくれる家族がいることに、涙が出ました。

 

 

結局、私は、

周りが「そんなに払う必要ない」と言うほどの

高額な慰謝料を払い、離婚しました。

 

 

お金で、この息苦しい関係を断ち切りたかったのです。

 

 

離婚をしてから、

私の本当の人生が始まりました。

 

 

仕事を辞め、海外旅行も半年のうちに3回行きました。

 

 

やってみたいと思っていたヨガ教室にも通い、

会ってみたかった人の講座を受けに行き、

自分をとことん満たして楽しませました。

 

 

でも、心の奥でずっと自分を責め続けていたのです。

 

 

「元夫を裏切ってしまった」

「私が我慢すればよかったんじゃないか」

 

 

そんな私が幸せになんてなっちゃいけない。

ずっとそう思い込んでいました。

 

 

「自分を幸せにできるのは自分だけだ」

と知ってから、私は答えを外に求める旅に出ました。

 

 

それは、「自己投資」という名の、迷走でした。

 

 

34歳の時、今の生活への違和感から、

18万円のダイエットコーチング講座に申し込みました。

 

 

心と体を軽くするというコンセプト、

量子力学や引き寄せの話。

 

 

そこで初めて「学ぶ」ことの楽しさを知り、

「もっと自分にお金をかけていいんだ」と

思えるようになったのです。

 

 

次に、資格が欲しくて、

宮本佳実さんの40万円の

「ワークライフスタイリスト養成講座」へ。

 

 

月1回の講座に通ううち、

「自分にとってのいいこと」に目を向けるようになり、

日常が楽しくなっていきました。

 

 

課題としてお茶会やセッションを友人にやってみると、

めちゃくちゃ喜んでもらえたのです。

 

 

こんな私でも、誰かの人生を変えられる

きっかけになれるんだ、と嬉しくなりました。

 

 

しかし、いざ自分のサービスとして

モニターで0円で提供し始めても、

全く集客ができませんでした。

 

 

焦った私は、「あなたも月商7桁」という

謳い文句に惹かれ、周りの仲間がこぞって入っていく

「起業塾」に40万円を払って入塾しました。

 

 

待っていたのは、ひたすら「いいね」を押し、

読者登録をし、1日3投稿するという、

フォロワー数だけを追いかける虚しい作業でした。

 

 

数字は増えましたが、中身はスカスカです。

 

 

違和感を抱えながらも、

コンサルタントに言われるがままに作った

30分3000円のセッションには、

「私はどうしたらいいですか」「占いに頼っていいですか」

と答えを丸投げしてくる依存系の人が集まり、

2時間も捕まって心底疲弊しました。

 

 

こんなのやっていけるか、と絶望しました。

 

 

もうダメだ、と思っていた時、

アメブロで春明力さんのブログを見つけました。

 

 

押し付けがましくないのに、

すくい上げてくれるような、優しい文章。

 

 

この人は一体何者なんだろう?と、

東京で2泊3日、2つの講座をまとめて受けることを決意しました。

 

 

感動しました。

会った瞬間、私のことをちゃんと知ってくれていたのです。

 

 

たった2時間の講座は、

5000円では安すぎると感じるほど

中身が濃いものでした。

 

 

もっと知りたい、と、

内容もよくわからないままスクールに申し込みました。

 

 

そこでの学びは、

これまでの自己啓発とは全く違いました。

 

 

「誰に、何を伝えて、どうなってほしいのか」を、

徹底的に掘り下げます。

 

 

しんどかったです。

 

 

具体的って何?と、手が止まる。

でも、最終課題のプロフィールを、

私は勇気を出して提出しました。

 

 

「直すところが、ほぼありませんでした」

 

 

春さんからかけられた言葉が、

信じられませんでした。

 

 

読書感想文もまともに書けなかった私が? 

それでも、その一言は、

私の「伝える」ということへの、

大きな自信になったのです。

 

 

そのプロフィールには、

離婚のことも、その理由も書いていました。

 

 

怖くて、ずっと公開できずにいたのです。

 

 

批判される、嫌われる、と。

それでも春さんは「出した方がいい」と、

しつこいくらいに言ってくれました。

 

 

勇気を振り絞って、

いきさつを全部書いたプロフィールを公開しました。

 

 

結果は、とんでもない反響でした。

 

 

「救われました」「希望になりました」「ありがとうございます」

 

 

離婚したいと思っている人、

全く違う状況だけど同じように感じている人から、

たくさんのメッセージが届いたのです。

 

 

ちゃんと、さらけ出すって、大事なんだ。

 

 

こんなひどいことをしてしまった私でも、

大丈夫なんだ。

 

 

そうやって、私は初めて、

自分の人生に自信を持つことができました。

 

 

その日から、私の書く文章は、

明らかに変わりました。

 

 

表面上のいいことだけじゃなく、

自分の感覚や感情を、本質を伝えるようになったのです。

 

 

すると、本当に見てくれる人が集まり始め、

長期講座の案内をしたら、

内容も伝えていないのに「申し込みます」

と言ってもらえました。

 

 

でも、いきなり高額講座が3件も売れたことで、

私はまた焦り始めました。

 

 

「これをキープしなければ」「まぐれだったんじゃないか」

その焦りはブログに現れ、

春さんにも指摘されました。

 

 

私はまた、答えを外に求めてしまいました。

 

 

次は100万円のメンタースクールです。

しかし、そこは私にとって居心地の悪い場所でした。

 

 

決まった人ばかりが発言し、

私は輪に入っていけません。

 

 

そこで初めて、自分がHSP気質だと認識したのです。

 

 

内容の薄い講座に

「何のために来てるんだろう」と疑問を感じ、

途中で行くのをやめてしまいました。

自分に対して、心底がっかりしました。

 

 

発信もできなくなり、YouTubeで引き寄せの動画を見て、

ただ心地いいことだけをやろうと決めました。

 

 

その流れで、自分と似たような経験を持つ

女性起業家に出会い、彼女のスピリチュアルっぽい

コミュニティに入りました。

 

 

そこでは、感情を全部出すことが推奨され、

私も泣きながらインスタライブをしたりしました。

 

 

コミュニティ内でファンができ、

内観のオンラインサロンを開けば20人ほど

集まってくれたのです。

 

 

でも、次第にまた違和感が募っていきます。

 

 

心地いいことだけを追求するふわふわした世界観、

下手な歌を真剣に聴く仲間たち。

 

 

私は、自己満を押し付けたいんじゃない。

 

 

ちゃんと、自分の伝えられることで、

誰かのきっかけになりたい。

 

 

ちゃんと、サービスを提供したい。

 

 

そう気づき、私はその世界から離れました。

 

 

そして、もう一度、

自分のサービスとは何かを考え始めた時、

マッチングアプリで、ずーみーと出会ったのです。

 

 

34歳で脳出血を発症し、

半身麻痺になった彼。

その辛い経験を、誰かの希望にするために

SNSで発信していました。

 

 

けど、伸び悩んでいてくすぶっていることも伝わり

私は、めちゃくちゃ「もったいない」と感じたのです。

 

 

こんなに伝えられることがあるのに、

そのほんの一部しか伝えられていないことに

私の方が熱くなったのです。

 

 

彼の人生には、ちゃんと失敗も挫折もあって、

そこには強烈な「物語」が眠っていたのに。

 

 

それは、私が長年、自分の人生に対して

抱いてきた感情と、全く同じだったからです。

 

 

「誰に、何を伝えたいのか」

「その人に、どうなってほしいのか」

 

 

私のお節介が始まりました。

 

 

二人で、何度も、何度も、言葉を交わしました。

そして、彼の口から出てきたのは、

「すごいリハビリ」の話ではなく、「リハビリが辛い話」とか、

「失敗ばかりで嫌になる話」とか

「都合が悪くなると、障がいのせいにする」といった、

ものすごく人間臭くて、ダメで、

心を掴まれるエピソードでした。

 

 

それらを、一つの「物語」として、

ショート動画にしたのです。

 

 

結果、動画は700万回以上再生されたものもあり、

フォロワーは1200人から2.6万人にまで増えました。

 

 

でも、私が本当に震えたのは、

数字ではありません。

 

 

コメント欄に溢れた、

「救われた」「希望になった」「私も頑張ります」という、

無数の声でした。

 

 

私は、そのコメントを読むたびに、

涙が出ました。

 

 

彼の物語が、誰かの人生を、確かに動かした瞬間を、

目の当たりにしたからです。

 

 

この経験を通して、私はようやく、

自分のやるべきことを見つけたのです。

 

 

私の、これまでの人生のすべてが、

このためにあったのだと、確信したのです。

 

 

私は、自分では気づいていない魅力や想い、

世界観を言語化する、翻訳家になろう、と決めました。

 

 

「不幸じゃないけど、満たされない」

あの感情の正体は、結局

「自分の人生の主役が、自分でなかった」という、

ただそれだけのことだったのです。

 

 

他人の期待、世間の常識、失敗への恐れ。

そんなものに、がんじがらめになって、

自分の心の声を、ずっと無視し続けていました。

 

 

周りから与えられた「幸せ」という窮屈なドレスに、

自分を無理やり押し込めて、笑顔を作っていただけでした。

 

 

だからこそ、私の未来のビジョンは明確です。

それは、昔の私のように、自分の物語の価値に気づけず、

満たされない想いを抱えている人が、

自分の人生の主役として、楽しく、

自分らしく生きるきっかけを作ること。

 

 

そして、その人の持つ「希望を与えたい」

という純粋な願いを、

世界に届く言葉と物語に翻訳し、

幸せの循環を広げていくことです。

 

 

そのために、私はこれからも、私のすべてを使って挑戦を続けます。

  • あなたの魂の物語を翻訳します
  • あなたが「こんなこと」と見過ごしてきた経験の中に眠る宝物を、プロフィールやショート動画という形に翻訳し、本当に届けるべき人へ届けます。
  • 私の物語を、届け続けます
    本の出版やnoteのメンバーシップを通して、私の格好悪い失敗談も、どうしようもない葛藤も、すべてを曝け出していきます。それが、誰かの「こんな私でもいいんだ」という勇気に変わると信じているからです。
  • 物語が生まれる「場」を作ります
    ずーみーと共に「全国おしゃべり会」を続け、物語が人と人とを繋ぎ、新たな希望を生む瞬間を、全国各地で創り出していきます。

 

もし、今、あなたが、あの頃の私と同じように感じているのなら。

 

 

もし、「私には、語るような物語なんてない」と思い込んでいるのなら。

 

 

それは、「人生のハンドルを、そろそろ取り戻しなよ」という、

あなたの魂からの、最高のサインなのかもしれません。

 

 

めちゃくちゃ痛いし、格好悪いし、

周りからは「勿体無い」と言われるかもしれません。

 

 

でも、自分で自分の人生の舵を取り始めたら、

あのポッカリと開いていた満たされない穴は、

いつの間にか、どうでもいいくらい、

ちっぽけなものになっているはずです。

 

 

あなたの物語には、価値があります。

その物語を、待っている人が、必ずいるから。

あなたの魂の声を、私に「翻訳」させてください。