こんにちは。Tommyです。


遅くなりましたが、

明けましておめでとうございます。


年明け早々、母の診察があり、病院へ行ってきました。


9月の診察後の約3ヶ月間を空けての診察です。


9月から、12月後半まで体調の変化は感じられず、見た目も元気に見えた母ですが、年末から体調の変化が出始めました。


咳が出始め、痰が絡むようになったのです。




迎えた診察日。



血液検査の結果は、腫瘍マーカーの上昇。

CTより、明らかに大きくなっている癌が確認できました。


肺に水もうっすら溜まり始めているようで、スイッチが入ったように、悪くなり始めてるのではないかと不安になります。


主治医からは抗がん剤への切り替えについて、そろそろそのタイミングだとは伝えられていましてが、タグリッソのお陰で平穏な生活が出来、それが日常になっていた私たちにとっては、告知と同様の不安と、恐怖が襲ってきました。


最近、テレビでも芸能人の訃報の報道が多く感じ、更に不安を煽られます。



友達も少なく、無趣味で、独身。

母以外あまり繋がりを持っていない私は、母を失う恐怖しかありません。


母以外の家族、親族との繋がりは、母がいるから繋がっており、いなくなったら希薄になることも想像できます。


今までも、今と何一つ変わらない境遇で、ただボーッと平穏に生活していたのに、唯一の存在がいなくなると思うと、こんなにも不安になり、自噴の将来に絶望するとは。。。


今はとても仕事が忙しくて、強制的に人と関わり、会話をしなければならない環境にありますが、正直しんどいです。

虚無感を押し殺しながら仕事をしています。



母の治療についてですが、

 今回はとりあえず、体力があると判断され、ギリギリまでタグリッソを使った方が、母のやりたいことがやれる時間が伸ばせると主治医と共に判断し、抗がん剤は2か月後の様子を見て判断することとなりました。


初めて癌と診断され、遺伝子異常が陽性と分かった時、あと、1、2年は落ち着いた生活が出来ると告げられ、安堵し、有り難く思っていたのに、1年なんてあっという間で、あまりに普通の生活が出来ていたから、それに慣れて、欲も生まれてしまっていました。


このままの生活がずっと続くような錯覚が生まれちゃうのです。。。



診察が終わった翌日には群馬へ帰った母。


残り少ない自由な時間を最大限使うために、驚く程早く帰っていきました。


2週後の脳の診察日迄、群馬で過ごすようです。

何とか癌が増殖せず、数値が落ち着くことを祈るばかりです。