ネット上にことばを書くのは、はじめてです。
お手柔らかにお願いしますm(_ _)m
わざわざこんな半公共の場にお邪魔させていただいてことばを表す以上、いい加減なことは書けません。
というわけで、まじめに。
【人生論①】
人を馬鹿にしたタイトルだと思います。
みな、人生しか生きられない以上、人生をつまみあげて論じるなど、自分の髪の毛を引っ張って自分を持ち上げるに等しい行為です。長さは空間概念なのに、宇宙のサイズを測る(つまり時空間の外から空間にモノサシをあてる)のに似ています。誰が人生の外に出れましょうか。
が、なぜか「ことば」という不可解なものは、それを可能にします。
人生論とは、人間いかに生きるべきかという「価値」についての論ではなく、「人生とは何か」という事実判断についての問いです。
で、「人生」は、形式で表すと「生と死」になります。
内容で表すと「生きて死ぬまでの生き様、表現」となります。
「生」を言い換えると「存在」、「死」を言い換えると「無」です。
が、無について語ることはナンセンス(ないものについて、どうして語れましょう)なので、存在について考えるより他ありません。
存在とは何か。
この存在論こそ、人生論の対象となります。ゆえに、人生論は「人それぞれ」ではまったくなく、一つの真実を知るための道程となります。
これは古代ギリシアから現代に至るまで、問われ表現されてきたテーマです。
「存在とは何か」なんて、聞くだけでよだれが出そうな問いですよね。
存在つまり人生の何であるかが明らかではないのに、その上に築かれている人生観や人生目標といった価値論(どうあるべきか、どう生きればよいか)が正しく語れるわけがありません。
次回は、存在について少し考えたいと思います。
