戦争の証はこんなところにも | こぐーの我楽多日記

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雨にも負けて、風にも負ける。東に行って迷走し、西に戻って混乱する。ヽ(´Д`;)ノアゥア...

この間のことですね。

船橋から外眺めてたら、ん?あれは確か?

 

とことことこ

 

うんうん、これがうわさに聞くやつかぁ。

って釣りやってるオジサンじゃないよ。

 

これでどうだ?まだわからん?

しょうがないなぁ。

 

これですよ、これ。なんだと思いますか?

隣の看板がヒントかな?

 

実はこれ、第二次大戦で活躍した旧日本軍の駆逐艦なんですねぇ。

通称、軍艦防波堤って呼ばれてます。

正式名称は、響灘沈艦護岸です。

 

昔はこんなだった見たいよ。(画像お借りしました)

 

 

駆逐艦を3隻ここに鎮座させて護岸にしたんですねぇ。

とはいえ鉄でできてるわけですから、だんだんボロボロになって、

最後はコンクリで固めちゃったから、1隻何とか確認できるだけだよっていう状態です。

でも上から2枚目の画像、

手前側の部分の護岸が、まっすぐじゃなく少しカーブを描いてるの分かりませんか?

これも、1隻の船体(船腹)の名残らしいです。

 

戦後75年っていわれますけど、まだこんなところにも戦争の証が残っていたんですねぇ。

ボロボロに錆びた船体を見せて(釣りやってる人誰も見てないけど)、

彼女はいま何を思っているんでしょうね。