パソコンが、マザーボードが壊れてて直らないらしいので、
引き取りに行ってきました。
掃除して、天気がいいので毛布類洗って、アイロンがけして、
金属類磨いて、靴磨いて、包丁研いで、いつものルーティン2時間で終了。
約2キロ、てくてく歩いてゆきました。
途中で、平業盛塚へ。
ここら辺、平一族だらけなんですが、この人は清盛の弟の子ですね。
この間紹介した敦盛たちのいとこになります。
一之谷合戦で敗れて逃げてきたんですけど、最後討たれちゃったと。
享年17歳。
本人たちの無念はもちろんですが、こういうのお母さんたちはどう思ったんでしょうねぇ?
敦盛だって享年15歳。亡くなるだけじゃなく、首取られて晒されるわけですよ。
平家の一門として生まれたのだからと諦めきれるものなんでしょうか?
表向きはそうかもしれないけど、ものすごく嘆いたんじゃないでしょうか?
10年度前は絶頂期だったのに、あれよあれよという間に目の前で衰退していく様と、
それに巻き込まれていく息子を見てるわけなのですから。
わが子の首でもいいからと一目会いに行ったのかもしれませんね。
ここにきてくれてる方も、お子さんがそれくらいの世代の方がいると思いますけど、
もしかしたら、世の中のお母さんが団結したら、この世から戦というものを失くせるのかもしれないなぁ。
お父さんはダメです。けしかけちゃうからね。見事戦って来い!とかいっちゃいそうだし。
ン~逆光でわからんと思いますが、会下山公園にある大楠公戦陣の碑。
いきなり時代が変わって、北条家衰退のときであります。
関東八平氏、仲良くしてればよかったのに、権力争いしてるから結局本家(平家)と同じ運命になるのです。
うちの先祖も入ってるわけですが。┐(´ー`)┌ヤレヤレ
まあしかし、新田はさておき(足利との宗家争いなので)、楠公は純粋に被害者かもしれませんね。
山名、里見、佐竹、みんなこれまた源氏の宗家がらみの争いですもんねぇ。やっぱり男はアホだわ。
同じ公園内にある、海員萬霊塔、早い話が船員さんの慰霊碑ですね。
揮毫はかの東郷平八郎元帥。
遥か先輩方を偲び、子供がキャッチボールしたり、走り回ってる中でちょっと黙とうしてまいりました。
「おと~さ~ん!このおじさん何してんの~!!??とかいわれながら・・・。」
(さ~?わかんないね~?なにしてんだろうねぇ~?って答えたお父さん!あなたいつか祟られますよ??)
裏に回ってみたら、まあ、皆さんが知ってる船会社がぞろぞろとって、三社だけか(笑)。
あとはこぐが知ってる古い船会社名がぞろぞろと名前を連ねてました。
ってことで、パソコンを受け取り、買い出しをして帰ってまいりしたとさ。おしまい。



