
金曜日の成人病検診の前に大掃除やっておいたんで、土曜日は朝から散策に出ました。
日曜天気悪いって予報でいってましたからね。
阪神、阪急は近鉄と乗り入れてるんで、近畿から中京方面へは移動しやすいんです。
うまく利用するとJRより安いですよ。
今回は大和高取城を目指しました。
駅から武家屋敷街を抜けていきます。

元の下屋敷跡。
300年前の長屋門が、今でも普通に病院の待合室として使われていました。

元の家老職の家。
廃藩置県以降は、元藩主の子孫が住んでいるんだそうです。
この長屋門、ちょっと見たことない雰囲気です。

春の里山をぶらぶらと、天気が良いし鴬鳴いてるし、気分が良い道でした。

ここからいよいよお城への登り口、砂防公園は春が満開でした。
ここまでは鼻歌交じりの道のりだったんですけどねぇ。
(ここまで駅から約2.5キロです)

本格的な山道になります。
時々会う人はみんな登山の格好してました。
ストック持って、ビブラムシューズ履いて。
こぐだけ近所に出かける格好。Σ(゚д゚lll)ガーン

いや正直、すごいきつかったです。
竹田城や、黒井城なんて目じゃなかったです。
もっとじっくり登ればよかったのかもしれません。
やっと石垣のあるところまで来るのに約1時間半(砂防公園から2キロの山道)。

二の丸門跡に着きました。
ここからはなだらかな道で助かった!
でも昔の人はよくこんな処袴で登れたなぁ?
甲冑だったらまず無理だな。

でもね、苦労した甲斐ありましたよ。
城跡にも春が満開でした。
こういうところで一杯やったらうまいだろうなぁ。
荒城の月とか口ずさんじゃいそうな?(((*≧艸≦)ププ

ここは豊臣秀長が郡山城の抑えとして整備した城だそうです。
江戸時代になってからは旗本植村家が功あって高取藩2万5千石の大名に取り立てられたとか。
周りの天領もさ支配したとかで、裕福な藩だったそうです。
植村家はそのまま明治まで続いて、今でも城下に住んでるわけです。

植村家の菩提寺です。山の麓の方にあります。
多分、後世になってからはここが政庁としても使われたんじゃないでしょうか。
下りはとっとことっとこ降りてきましたが、そのせいで腰痛めたみたい。(ノД`)シクシク
でも次に行くところがあったので急がなきゃいけなかったんです。
それはまた明日のお話。