ダウン症 療育探しの旅 退院後1ヶ月 | ダウン症でtamからそのまま急性骨髄性白血病に移行した次男くん

ダウン症でtamからそのまま急性骨髄性白血病に移行した次男くん

待望の第二子 経過順調で無痛分娩で産んだらダウン症でtam一過性骨髄異常増殖症だった。
一過性で終わらずそのままAML急性骨髄性白血病に移行して1歳2ヶ月から入院治療始めました。

退院して1ヶ月検診まで怒涛の治療治療治療探し


小児カイロ電車(中目黒)→ダウン症専門病院の診察地下鉄(江戸川橋)→発達障害児のための学習説明会電車(田端)→ダウン症児の体操教室車(所沢)→DK外来車→療育施設の見学車→入院してた新生児科の診察車→発達支援センターの開設説明会車(浦安)→市役所車にて受給者証の申請、予防接種の依頼書の作成

都内は家から1時間ほどかけて電車移動
所沢は2時間トコトコ車運転して
浦安は行きは下道トコトコ2時間
帰りは首都高湾岸線デビューで少し短縮
地獄の合流
なんとかクリアーして長男君の保育園のお迎えに滑り込みアウト
ガソリンスタンド⛽️も慣れたものになってきた
(次男君産まれるまでガソリン1回しか入れた事ありませんでした真顔

ダウン症児のための体操指導者の申し込み(神戸2泊3日予定)

発達障害の学習もゆくゆくは指導出来たらなとカウンセリング申し込むか悩み中

支援センター開所の話は次男君産む前から気にはなっていた事で
今思えば第6感的な予知の様な感覚なのかとも思っている。

自己資金の話など聞いたりどんな人が経営していこうかと思ってるのか垣間見れたし、どうゆう成り立ちなのか分かって良かったラブ

3歳からの療育費用も10月から無償化は初耳で
こりゃ発達支援増やさなきゃだなと改めて感じた
発達支援を受けさせたい親は山ほど居るし
実際めちゃめちゃ待機になっている
疑わしいと悩んでいる間に診断受けてどんどん支援受けられたらその後の人生が生きやすくなると思う 親も楽になるはず花火
どうにか自己資金の調達を考えなきゃだなと思った

体制が整えばどんな子を産んでも育てられるって思える様になるかなとか思いながら話を聞いていた
ダウン症とか障害児だと宣告された時は暗黒期がどうしてもあるけど
我が子は可愛い💕愛おしいと思える時が来ると先輩方のブログで読んで知って励まされたので私もそれを信じて動けているなと
本当に色々な情報の共有がありがたい
これなきゃ今も家から連れ出さないだろうなと思う。(極端ガーン
それでも
市役所で療育の申し込みの時に状況のヒヤリングで
4ヶ月という状態で療育を受けさせたい理由はありますか?と聞かれて

産まれてからずっと入院してて退院してからも毎月血液検査しなきゃいけなくて
その結果次第でまた入院になってしまうかもしれない状況の中  少しでも療育とか経験をさせてあげたくて…
と言いながら泣きそうになった

入院中 担当だった先生との退院後検診では
乳児湿疹もなくつるっとした体に顔そしてお尻
顔つきなども特徴的に変化してない 通常と同じ位の発達をしていて
こちらが期待していた通りの驚きをしてもらえたくらい本人は元気なのに

どうしても2〜3歳での再発(小学校にあがる頃も)のピークが来ることや数値も下がりきってない状況での退院だった事が 不安でたまらないのだ

何かやる事はないかと躍起になってしまう
更に
市役所の職員さんに ダウン症だと言う事に自分の中での抵抗と不安な気持ちがあるのを強く感じた

アクティブに動いているので普段はもうそんなに泣きそうになる事は少なくなり

保育園のママ友には障害が出るかもとかは伝えられたのに
精神的な強さを、もう少し強化したいな

きっと次男君に病気とか無かったらここまで動いてないんだろうな
首都高も自分で運転する事は無かっただろうなと我ながらあっぱれだわ
口笛
もともとアクティブだけど磨きがかかっております
記録残したい事ばかりなのに
毎日どこかしらに移動とかしてて
ここ2日の猛暑日にやられてヘロヘロなので🥴
長男君のお泊まり保育中は家でゆっくり待機したいなと思ってますデレデレトロピカルカクテル
長男君 初の親なしのお泊りひまわり
ママかパパ どちらかがいない夜は慣れたもんなけどまるっきり居ないのはどうなることやら
楽しい経験になりますよーにやしの木