〝なににもまして重要だというものごとは、なににもまして口に出して言いにくいものだ〟
大好きな作家の言葉です。翻訳された文章で、小説の一行目にあるんですが、理解できなくて何回も読み返しました。15歳の頃です。
海外作家のほとんどは聖書を読んで育っている。章立ての構成であったり、比喩表現であったり、言い回しが独特なものがあります。
その小説を読んでーー夢中になったーーある場面で思わずその文庫本を閉じて、涙が出るのを感じた。文学を理解した瞬間だったと思います。
それは〝秘密〟についての物語だったと最近気付きました。人生における秘密。埋もれたままでいる、誰かが口に出して(言葉にして)みない限り、そのまま隠されていることになるものごとについてです。
自分のなかで重要なものごと。それを言語化するのは難しいことだ、というのがその物語の冒頭でした。
いつからかネットで他人に何かを伝える、はなすということを自然にはじめていましたが、いつも言葉につまる自分にすぐ気付きました。なかなか感情を伝えられないのです。配信や通話を続けているので、もはやそれで悩む段階を通過して〝自分は話し下手だ〟とか〝ここは時間をかけて慎重に言葉を選ぶべきだ〟という思考になっています。
前述した小説の作者は、物語のなかで告白をします。ある章で〝いままで誰にも話していない〟という場面があります。
友人たちと森の中でキャンプをし、語り手である主人公はひとり、翌朝はやく起きる。森の静けさのなかにいると、そこに1匹の鹿が現れ、少しのあいだ主人公と目を合わせ、草をはみ、やがて森のなかへ消えていきます。
映画化もされた小説で、映画にもその場面はあります。映像になると、時間もわずかで何でもないシーンに見える。ただ、語り手が告白しなければ誰も知らないことになります。
あなたはある日、飲食店でカウンターに座る。そのとき、あなたと近しい関係にあった人物を連想する香水のかおりを感じる。注文をとりにきた店員に思わず「ココに座っていた人はどんな人でしたか?」と聞きたくなってしまう。
しかし店員には守秘義務がある。聞いても教えてくれないかも知れない。店員にとって〝個人情報を守ること〟が〝なににもまして重要〟だと考えているとしたら、〝なににもまして口に出して言いにくいこと〟になる。
この例えは少しわかりにくいですね。
自分でもなぜこんな文章を書いているのかわからなくなる。
ときに、なぜ自分がそんなことを重要視しているのかわからないまま、人は誰かに打ち明けるのかもしれない、と語り手は言っています。ときにはほとんど泣かんばかりになりながら。
本当に、いま何でこんなことを書いているのか自分でもわからない。ただ、秘密を打ち明けたいと思う。もしかしたら誰かが、これを共有してくれるかも知れない。
ヴィヴィアン・ウェストウッド(べつにシャネルでもグッチでもいい)の小物を買ったときの箱に、こっそりと秘密の品々、KPOPアイドルのカード、使用済みのムビチケ、使わなくなったピアス、リングなどをしまっている。そこに誰かが、これも入れといてと何か持ってくるかも知れない。
わたしはその人にとって、それが重要なものなのだと感じる。もしかしたら話すことを躊躇うくらいの秘密の品。わたしは何も聞かず、それを箱にしまう。告白するタイミングはきっと人それぞれだ。
言葉にしたら、頭の中でイメージしていたものとはかけ離れたものだろうけど、重要なのは秘密のなかには明かしたほうが良いものもあるということ。いい時代になったと思う。
冒頭の文章は、
新潮文庫 スティーヴン・キング「スタンド・バイ・ミー」原題〝死体(The Body)〟より引用。わたしは山田順子さんの訳した文章が大好きです。
そして、親愛なるミスター・キング。
文学を教えてくれてありがとう。なるべく長生きしてください。
わたしはあなたのNo.1のファンですよ!!
これたぶん、一万回くらい言われてますね、キング。
