私は本当は身体が弱い。

だからたぶんだけど

私はそんなに長生きしないと

思っています。

 

 

子どものころは寝込んでいることも多く

外で遊ぶ友達もできなかった。

そんな私の一番の友達は

飼っていた犬のコロだった

私と違ってこの子はすごく丈夫で

人間でいうと100歳まで

生きました。

 

いつでも寄り添ってくれた

コロは死ぬ間際、私が帰宅する時間まで

待っていてくれて、

私に見守られながら、虹の橋を渡りました。

 

*****

 

大人になり、働くようになってからは

身体の弱さをあまり人に見せなくなった。

人に弱いところみせると

つけこまれるって知ったから。

 

職場ではむしろ周囲を気に掛ける側でした。

 

長く働いていると、いつのまにか

私の立場もそれなりになり、

部下が困ったり悩んだりしていれば

「大丈夫?」と声をかける

いつしか、それが当たり前になってました。

 

 

****

 

 

ある日のことです。

買い物を終え、電車で帰宅していたときだった。

急発進した車内で身体が大きくよろけた私は

荷物を抱えたまま踏ん張れず

2.3歩左右に揺れながら

乗客にぶつかったら えらいことになるって

思いながら

 

そのまま床に倒れてしまった。

 

 

恥ずかしかった。

乗客の視線が集まるのを感じました。

すると近くにいた女学生たちが

すぐに駆け寄ってきて

「大丈夫ですか?」

「大丈夫ですか?」

手が差し出される

 

この手につかまってっていう感じ。

 

目の前に見える 同じ靴に

同じソックス。私立の子だった

 

 

私はとっさに「大丈夫です。心配しないで」と

答えました。

その瞬間、胸の奥が熱くなったの

なぜだろう。

 

いま考えてみると、私はずいぶんと人から

「大丈夫ですか」と心配された記憶が

ほとんどなかったんです。

 

 

 

 

 

 

 

いつも気に掛ける側でした。

いつも「大丈夫?」と声を掛ける側だったの

だからこそ、その何気ない一言が心に

深く沁みたのかもしれない。

 

 

その日を境に、私は会社を辞めることを

考えるようになりました。

いえ、正確にはもっと以前からかも

 

 

仕事が嫌になったわけではない。

逆に私のできる仕事はこれだと思ってました

 

 

 

ただ、自分はこれまで誰かを支えることばかり

考えて生きてきたなあと。

 

過去を振り返ると

コロナ禍があって、ハラスメントが

叫ばれるようになり

個人情報とか いろんなことが

変わり始めた

 

 

ふと思ったの

 

 

 

電車の中での ほんの数秒の出来事。

けれど私にとっては忘れられない。

 

身体が床に倒れたあの日

私は初めて人の優しさに支えられた気がしました

 

 

そして今でも、ときどきあの言葉を思い出す。

「大丈夫ですか」

たったそれだけの言葉が

本当に心にしみた。

 

もしかして

私が部下にかけていた「大丈夫?」は

相手に届いていたのだろうか

 

仕事上交わされる言葉は、

何か微妙なんだよ。

そして、ハラスメントのせいで

私の心はいつも他人に気を使い

言いたいことも言えず

 

 

 

 

 

あの時

倒れた私に向かって駆け寄った女学生たちは

私の肩書も、仕事も、知りません。

ただ私という人間にやさしい声を

かけてくれたんです。

 

 

私はもう 会社に身を捧げて

生きるのはやめて

残りの人生は 自由に生きたいと。

体力があるうちに、いろいろな

場所にもいきたい