「あなたは変わらないねぇ~」なんて、言われる人いますね。老けない人、いつまでたっても変わらず若くいられる人です。

 

 私は、芸能人で一番変わらないのは、“井森美幸”さんだと思います。ルックスもそうですが、バラエティーの立ち位置も昔のマンマ。明るくて少しおバカキャラ、彼女ももう57歳のようですが、あの愛すべき軽みは歳を重ねても変わりません。

 

 小泉進次郎代議士の「プラスチックの原料って石油なんですよ。意外にこれ知られてないんです」の発言を受けて、「えぇ~まじっ!そうなんだ。」なんて、真顔で言いそうです。

 

 まったく大御所ぶらない、いつまでも若手と対等に絡めるのは、ご人徳だと思います。

 

 井森さんに負けず劣らずなのが、森高千里ちゃんです。彼女も、驚くなかれ56歳です。あれだけ普通にミニスカートが似合う56歳は、世の中に彼女だけでしょう。

 

 決して歌は上手いとは言えませんが、ちょっと舌っ足らずでキュートな歌声は、時代を超えてます。

 

 「私がオバサンになあぁ~ても」なんてヒットしていた当時は、30年くらい経ったらそう思えるのだろうななんて聞いていましたが、なんのなんの、まだまだ全然です。

 

 2人に共通して言えるのは、無理している感がないところ。年齢の割に若く見える芸能人てたくさんいますが、ちょっと無理している感が滲み出ているのですよね。

 

 彼女たち2人は、ナチュラルです。何歳まで継続するのでしょう。

 

 

 

 私は、多孔質な物とか、ボツボツが苦手です。以前は、滑り止めのボツボツが付いていた軍手もダメでした。

 

 小豆の様な小さいツブツブが集まっている様とか、丸い小さな穴が密集している物を見てしまうと、ゾワゾワゾクゾクしてしまいます。これを書いているだけで、ゾワッとしています。掻き毟りたくなってくるのです。

 

 なんだか、首筋や背中の辺りが、むず痒くなってくるのです。こういうブツブツアナアナ恐怖症の事を、トライフォビアと言うのだそうです。ちゃんと精神医学的な、病名が付いているのですね。

 

 という事は、私以外にもブツブツアナアナダメダメな人が、結構いるという事です。これは個人差が激しくて、平気な人は全然平気、高所恐怖症とか閉所恐怖症とかと同じでしょうか。

 

 私は高いところや狭いところは好きではないですが、恐怖症というレベルではありません。それより圧倒的にブツブツアナアナがダメです。

 

 今SNSを眺めていると、ブツブツアナアナ動画が出てきます。私はオジサンなのでFacebookですが、見ているとそんな動画はたくさんあります。

 

 一旦見だすと、Facebookはちゃんと私の好みを覚えておいてくれて、次から次へとブツブツアナアナ動画がラインナップされてきます。

 

 一番多いのは、首筋とか背中、腕、脛等に、斑に鈍色に光る小豆大の出来物の様な物が100~200個付いていて、それを石鹼で洗ったりヘラでこすげ落したりすると、その下から、これまた小豆大の粘着質な穴の集合体が露出してくるという物です。

 

 動画を想像するだけで、背中と首がゾワゾワしてきます。私も見なきゃいいのに、ついつい見てしまうのですよね。高所恐怖症の人が、スカイダイビングの映像を見るようなものなのでしょうか。

 

 見てしまうから、Facebookも次から次へとブツブツアナアナ動画を律儀にアップしてきます。

 

 あれ投稿する人って、どんな人なのでしょう。トライポフォビアな人に対する、嫌がらせなのでしょうか。どう見ても、ポジティブな感じではありません。実際、気持ち悪いですし。

 

 こうなったら、どんどんブツブツアナアナ動画を見まくって、逆療法でトライポフォビアを克服してやろうと思っています。でも今はその途上、一番辛い時期です。

 

 そのうち、自分の首にボツボツが出来てその下にアナアナが空いてきてしまう様な妄想に、憑りつかれてしまうかもしれません。

 

何でこれ程までにブツブツアナアナが苦手なのか、自分でも良く分かりません。ブツブツアナアナが平気な人が、羨ましいです。

 

 土地の境界を示す目印が、よく見かけます。私の自宅にも会社にも、ちゃんとあります。

 

 たまに測量士の人が、望遠鏡みたいのをのぞいている人と、物干し竿みたいの持った人2人1組で測っているのを見ます。これがいい加減ですと、土地売買の時なんかにもめたりしてしまいます。大事な仕事です。

 

 目印はコンクリート製の杭や金属製のプレートに、赤い矢印やバッテンマークで表示されています。

 

 杭は地面に打ち込まれているので、動かないと思います。ですが、金属プレートの方は、ブロック塀なんかに接着剤で貼られているケースが多いようです。

 

 会社にある表示プレートは、道路から敷地への入り口に社員が設置した、30cm位の高さの鉄製の踏み台の様な物に、貼られています。鉄ですから、重たいといえば重たいのですが、まるっきり動かないという程でもありません。

 

 どんなに正確に測量しても、基準自体が動いてしまったら元も子もないと思うのですが。街を歩いていると、そんな感じの表示板は、意外と多い様に感じます。

 

 “あれでいいのかな”と、黒い鉄の踏み台に貼られている赤い矢印を見る度に、思うのです。

 

 イランへの攻撃が、アメリカとイスラエルによって突然始まりました。ミサイルやドローンや戦闘機による空爆が、しきりに行われています。

 

 イランも反撃に出て、ミサイルやドローンを周辺国へ飛ばしているようです。出口の見えない、果ての無い戦いへと突入してしまうのでしょうか。トランプ大統領次第なのですかね。

 

 今、SNSでは、多くの現地の動画がアップされています。しかし、注意しなくてはならないのは、現代はAIで簡単にリアルな動画が作れてしまうという事です。今回のイラン爆撃でも、SNS上では本物そっくりのフェイク動画が、かなりの割合で投稿されているみたいです。一見、フェイク動画なのかリアルな物なのか、判断できません。

 

 実際の戦争では、何百人もの人たちが空爆で亡くなっているのです。そんな悲惨な戦争状況の中、戦地のフェイク動画をAIで作って投稿する輩どもは、許せません。言語道断です。

 

 いたずらに恐怖を煽る行為である事は勿論、戦争を茶化しています。人命を軽んじています。

 

 私たちは戦争に反対すると共に、何が現実なのかを確りと見極める事が重要です。SNSリテラシーを鍛えなくてはいけません。

 

 そうしないと、間違った方向へと、扇動者にとって都合の良い方向へと、皆が導かれてしまいます。

 

 塗料関係の会議が年数回名古屋や神戸であり、その際は新幹線にて出張します。指定席は、行きは進行方向右窓側、帰りは反対の左窓側を予約します。

 

 それは、富士山が見たいからです。ネットで席の予約状況を見ると、富士山側から埋まっていきます。私の様な乗客が、多いからなのでしょう。

 

 小田原を過ぎた辺りから、富士山がでっかくなってきます。富士山の裾野が雄大に広がっている様を車窓から眺める時、日本人に生まれて良かったなぁ~としみじみ感じます。

 

 新幹線の車窓から流れる景色を見ていると、富士山の直ぐそばに住んでいるにも拘わらず、土地の勾配や建築物等の立地によって、“このお家からは、富士山は見えないのだろうな”と思われる家があります。富士山フリークの私からすると、なんてご不幸なお住まいなのだろうと思ってしまうのです。

 

 川口市にある私の家からは、もちろん富士山を眺める事はできません。それは諦めというか、見えなくて当たり前だと思っているからです。

 

 しかしながら、静岡や山梨の富士山麓ともいえるような土地に住んでいながら、富士山が見えないという事程、悲しい事はないと思うのです。

 

 新幹線のシートに身を沈めながらぼんやりと富士山を見ていると、そんな大きなお世話な事も心に浮かんできたりするのです。