医療事故~さいたま市の胃がん検診で -2ページ目

医療事故~さいたま市の胃がん検診で

何重ものミスが重なる杜撰な検査により、良好だった心身を害され、後遺症に苦しむ日々。その治療も拒否し、隠蔽工作までして、被害者を罵倒する病院。『健康のための検診』と言いながら、被害者の健康回復のために、何のフォローもしない『検診』に対する不信など

テレビで桶川ストーカー殺人事件を特集していた。

 

同じ県民に起きた事件、

ひどい事件だと知ってはいたが、改めてみると

はらわたが煮えくり返る。

 

犯人達はもちろんだが、

それよりも、警察に激しい怒りを覚えた。

 

殺害される前のひどすぎる対応、

殺害されてしまった後の、隠蔽工作の数々・・・

さらに、

まるで殺害される本人に原因があったかのようにマスコミを誘導して・・・

被害者は卑劣な犯人達に、

そして、死後、警察とマスコミに二度殺された。

 

殺害されてしまった女性のご両親の胸中を思うと、

涙が止まらない。

どんなに悲しいか、悔しいか・・・

私には及びもつかないのかもしれない。。。

 

 

 

私の、胃がん検診での事故と、

それに対するさいたま市と医師会の対応も同じだと強く感じた。

 

ミスにミスが重なる杜撰な体制で、

起こるべくして事故を起こした病院を守った

さいたま市保健所。

 

本来なら、警察と同じ・・・病院を追求し、対応しなければならないはずなのに、

市の検診で事故が起こったことにしたくなかったのだろう。

 

病院を追及すること = さいたま市の非を認めること

責任を取りたくなかったのだろう。

 

上尾警察と同じく、相手が素人だから分からないだろうと、

被害を訴えてきた市民に対して、様々な嘘をつき、

こちらの要求をのらりくらりとかわし、

被害者には救済される手段があったにもかかわらず教えず、

「本人が辛い思いをする」と諦めさせようとし、

病院にあまりにひどい対応に訴えを起こそうとすると、

虚偽の報告書などの資料を隠し、

時間稼ぎをし、病院の隠蔽工作に手を貸した。

 

大宮医師会に至っても、

受けてはならない!がん検診」で書いたとおり、

巨大医療産業の利益が絡んでいるのか。

病院を追及などせず、

共に被害者宅に乗り込んできて

被害者に非があるように責め立て

隠蔽工作に加担した。

(証拠の録音テープあり)

 

それでも、私は生きていたから、

それまでは全くの健康体で、

ただの検診で起こったことだったから良かったのかもしれしない。

 

病気の人だったら、

ミスによって死んでしまっていたら・・・

「本人に原因があった」とされてしまうのだろう。

 

桶川ストーカー殺人事件のように。

 

警察も病院も役所も・・

市民を守ってくれる、救ってくれるはずのところのはずだが、

自己の保身のためなら、利益を守るためなら、

人の心も命もどうでもよいのかも知れない・・

 

 

 

 

多くの医療関係者が主張している。

がん検診は決して受けてはならないと。


ネットで「がん検診」「受けてはいけない」で検索すると

山のように、多くの先生の著書やHPの記事が見つかる。

 

がん検診の表向きは国民の健康を守るという建前。

実情は巨大医療産業の利益を守るため。

 

病気は、検診を受けていない人がなるものではない。

検診を受けている人は、病気にならないものではない。

北斗晶さんのように、小林真央さんのように、

普通の人より、良い環境で定期的に検診を受けている人でも・・・

 

 

がん検診で見つかる病気は、大抵、良性ながんもどきだという。

 

逆に、検診により受ける放射線などのダメージで、

癌などの病気を誘発する危険性の方が高いのだと。

 

 

もっと早くにそれを知っていれば、

何の不調もないのに、検診を受けに行くことはなかった。

 

北斗晶さんが「検診は受けるべき」とテレビで言っていたのを

真に受けて行ってしまったが・・・

 

 

 

 

正しいことを言っても、それが通らない

 

世の中は不条理。

 

力のないものは踏み潰される

 

現実は理不尽。

 

 

今回の件で、一番大きな傷は、『心』かもしれない。

 

人を救ってくれる場所と思っていた病院

 

尊い職業だと思っていた医師

 

市民のために働いている役所

 

 

今の私はそれらに対する嫌悪、憎悪ににも等しい

 

不信しかない。

 

 

これほど、誰かを、何かを、恨み、憎悪することが

 

自分にできるとは思っていなかった。

 

 

恨み、憎むことは、相手よりも自分自身にとって辛いこと。

 

その状態を続けるのは心身を激しく消耗すること。

 

 

どんなに辛く、怒りに満ちていても、

 

時が過ぎれば、疲れもし、荒立っていた心も

 

鎮まっていくもの。

 

 

それが、一年もの長きに渡り、

 

激しい憎悪を抱き続けなくてはならないとは

 

私自身にとって、最大の不幸かもしれない。

 


 

 

がん検診でミスによる医療事故・・・ただそれだけだったら、

 

今頃はもっと心が軽くいられたろう。

 

その後の病院の理不尽な対応。

 

責任があるはずのさいたま市、医師会の不誠実さ。

 

それらが、私の心を元には戻れないほどに大きく傷つけた。

 

 

 

実際、事故が起こった直後は、もっと心が軽かった。

 

体もすぐによくなるだろうと信じていたし、

 

さいたま市も真摯な対応をしてくれると信じていたからだ。

 

 

医療関係者の良心も、役所の人間の善意も

 

私は信じていた。

 

心をこめて話せば、心は通じるものと。

 

 

 

実際、

 

事故から2ヶ月も過ぎてからだが、

 

無視をし続けていた病院が

 

私が思いを込めて、書いたメッセージを読んで、

 

『謝罪』したいと自宅を訪れたその時には、

 

謝罪の気持ちが病院にあるのなら、

 

全てを水に流そうとしていたのだから。

 

 

事故後にかかってしまった高額な治療費も、

 

慰謝料も何も請求せず、

 

謝罪したいという「」を重く受け止め、

 

それ以上、病院を責めることはすまいと・・。

 

憎んで余りある人たちのために、座布団やお茶の用意までして、

 

彼らを招き入れた。

 

 

そんな私の善意に付け込んで、

 

自宅に乗り込んできた彼らは、

 

謝罪どころか、

 

「全て正しいことを行った。

 

一つ一つ細かく精査したのだから、間違いない」

 

と、良心の呵責も何もない顔で、明らかな偽りを並べ立て、

 

私を嘘つきだと罵り、激しく人格を傷つけた。

 

 

争うつもりなどなく、

 

和解するつもりで手を差し伸べていたところ、

 

何の心の準備もしておらず、

 

ろくに反論もさせてもらえず、

 

病院、保健所、医師会の5人にたこ殴りのような状態だった。

 

「カルテにあるのだから、病院が正しい。お前が間違っていると」

 

痛い、苦しいというような自分の感覚まで、嘘を述べていると。

 

 

後に、カルテにより、私の方が正しかったと証明された時には、

 

私の主張が正しかったと、

 

保健所にも医師会にも分かってもらえると思った。

 

 

カルテに書かれていることまで、

 

故意に隠蔽するために、虚偽の報告をしていた病院の悪辣さを見れば、

 

カルテに書かれていないことで、主張が食い違っていることも、

 

病院が自分達を守るために、嘘をついていると、

 

私の主張は正しかったのだと信じてもらえると思った。

 

 

 

しかし、

 

そうはならなかった。

 

 

私は、保健所や医師会が、その病院の隠蔽工作を知らずに

 

「カルテは絶対だから、病院の言うことがただしい」と

 

判断していただけだと思っていたが・・・

 

そうではなかったらしい。

 

 

もしかしたら、初めからそれを知っていて、

 

その上で、この件をうやむやにしようとしていたのかもしれない。

 

 

実際、病院からの虚偽の報告書を受けて、

 

それが正しいものとして、対応を一度は終わらせたのだから。

 

 

しかし、それでは納得できないこちらが食い下がったので、

 

結局、病院の隠蔽工作が明るみに出たが・・・

 

 

 

「謝罪」と偽って、自宅に押しかけてきた彼らに、

 

もはや「赦す」などという気持ちは消えうせ、

 

裁判に訴えることも辞さないと怒りに燃える私に

 

保健所がきちんと対応すると言ってくれたので、

 

それを待ったが・・・

 

 

病院が 『カルテを見誤っていた』 と

 

私の主張が正しかったことを、保健所に対して認め、

 

自宅にまで押しかけて、

 

『カルテは絶対間違いない。お前が嘘つきだ』と

 

私を責め立てたことを謝罪したいと言っていると、

 

保健所は言った。

 

ただ、他の全ての調査もしている最中なので、

 

それが終わるまで待つように病院に言ったと。

 

 

それを信じて、

 

尽力してくれている保健所に感謝までして、

 

待っていたが、

 

待ちに待ったが・・・

 

・・・

 

待っていた報告はなく、

 

突然、終わりが告げられた。

 

 

年度が変わり、担当者も異動するから。

 

 

求めていた、病院の報告書ももらえず、

 

保健所の調査の結果も口頭ですら伝えてもらえず。

 

 

分かったのは、病院は

 

カルテにより発覚した偽り以外は

 

私の主張を全否定したらしい。

 

そして、それを保健所も医師会も認め、

 

次年度も検診を任せるに相応しい病院として指定したと。

 

 

 

保健所を信じて、

 

自分で裁判などの行動を起こすことなく、待ち・・・

 

 

病院が謝りたいと言っているとか、

 

詳しく調査している最中とか、

 

だらだらと2ヶ月以上も引き伸ばし、

 

すぐに行動を起こしていたら、

 

抑えられたかもしれないカルテも証拠も

 

全て消されてしまっただろう後になって・・

 

 

「もう全て済んだ。この件は終了と」

 

 

色々、調査してくれているはずだったが、

 

本当にしていたかは分からない。

 

病院の返答、調査結果などの報告を求めても

 

「そのつもりはない」と、ばっさり。

 

 

全ての調査が終わった後に

 

『再び謝罪』に訪れたいと言っていたはずの病院も

 

謝罪には来ない。

 

 

それも保健所の嘘だったのかもしれない。

 

 

『謝罪してくれるなら、全てを水に流す』という私の言葉を言質にとって、

 

謝罪に訪れたという体裁だけを繕ったので、

 

『病院は真摯に謝罪をし、丸く収まった』という形で収めたのだろう。

 

 

 

後のことは私の怒りを鎮めるために、

 

病院が反省しているようなことを言ってみたり、

 

詳しく調査しているようなふりをしていたのかもしれない。

 

 

 

訴えるなら、病院ではなく、さいたま市を」と保健所は言った。

 

 

「さいたま市の検診」であったので


事故を起こした病院ではなく、さいたま市に責任があると。

 

 

逆に言えば、さいたま市に依頼された検診であるなら、

 

事故を起こしても、病院は何の責任も問われないと。

 

 

 

さいたま市が税金を投じて、依頼した検診なら、

 

全ての責任がさいたま市にあるというのなら、

 

さいたま市が病院に対して、何らかの行動を起こすべきと思うが、

 

直接、調査することもできなければ、

 

謝罪や補償を要求することもできない。

 

検診の指定病院から外すこともできない。

 

病院の選定は医師会に任せてあるので口出しできないと言う。

 

 

 

病院に責任はない、謝罪させることもできないというのなら、

 

代わりに、責任ある立場の医師会が謝罪に来るべきだと言ったが・・

 

 

保健所は「病院には謝罪を求めていることを伝える」と言ったのみ。

 

 

その後、誰も謝罪になど訪れない。

 

電話の一本もない。

 

 

 

保健所が言っていただけのことで、

 

本当に病院に伝えたのかも分からない。

 

というか、おそらく言っていないだろう。

 

そもそも、病院がカルテの内容を偽っていたことを認め、

 

謝罪したいと言っているというのも、

 

私を宥めるための、保健所の嘘かもしれない。

 

 

 

医師会ともに調査をしたようなこともいっていたが、

 

それも本当にしたかどうか分からない。

 

 

私の怒りを宥め、

 

裁判などの行動を起こさせないために、

 

言っただけのことかもしれない。

 

 

そう思うと、全てがしっくりくる。

 

 

 

 

今の私には、医療に対する激しい不信しかない。

 

人の善意を、良心を信じる心など消えうせた。

 

 

 

ただの検診で、健康だった体を傷つけられ、

 

救いを求めていった別の病院でも、事情を話すと

 

「医者に文句を言うな、厄介ごとに巻き込むな」と言わんばかりに冷遇された。

 

 

保健所も医師会も、虚偽の報告をし、隠蔽工作をした病院を野放し。

 

 

やはり、小市民には及びもつかない、金と権力の動きがあるのかな。

 

 

 

 

私は声を大にして言っていた。

 

 

健康増進のためと言いながら、

 

健康被害を出し、それを救おうともしないなら、

 

「一体誰のための、

何のための検診なのか」

 

何のために、

巨額の市民の血税を投入しているのか。

 

 

この問いかけに対して、保健所も医師会も何も答えなかった。

 

 

 

少なくとも、市民のための

 

健康のための検診ではないらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このブログは、さいたま市の検診で起こった事故を通して、私が見聞きした事実、感じた怒り、苦しみ、推測などを書き綴るものです。
誤解や勘違いなど、事実と異なる点があるかもしれません。

 

 

 

 

冨田病院

 

未だ、検診を受ける前の健康を取り戻せない

体はもちろんのこと、

 

それ以上に、

 

心を傷つけられた。

 

 

肉体の痛みだけなら、まだ良い。

 

あんな病院に行って、不運だったと

 

すぐに忘れられただろう。

 

 

 

さいたま市保健所、大宮医師会、病院が

 

タッグを組んで、

 

とんでもない大嘘をついてまで、

 

自宅に乗り込んできて、私の心を踏みにじったあの日から、

 

 

全てを赦そうと、水に流そうとしていたのに、

 

騙まし討ちにされ、完膚なきまでに叩きのめされ、

 

心をずたずたにされたあの日から、

 

私の心は病んだ。

 

 

彼らは以前から、心が病んでいたのだというだろう。

 

騒いだのは、麻酔が効いていなかったからでもなく、

 

痛みがあったからでもなく、ただ心が不安定で

 

怯えて暴れたのだと彼らが主張したように。

 

 

声をかけたり、肩をさするなどして、落ち着かせれば良かったのだと言い

 

まるで、精神病患者扱いまでした。

 

 

冗談ではない。

 

私は、高校生のころから、内視鏡検査を受けていて

 

様々な病院で検査を受け、

 

検査には非常に慣れている。

 

普通にやれば、痛くも苦しくもないことを誰よりも良く知っている。

 

だからこそ、あの検査の医師、看護師、何もかもが異常だと

 

よく分かった。

 

事前に、医師、看護師の検査の不備を幾度も訴え、

 

検査中もありえない激痛を訴えたのだ。

 

 

とんでもないミスの連続により、

 

起こるべくして起こった事故だったが、

 

 

それでも、その後の対応がきちんとなされてさえいれば、

 

これほど苦しむことはなかったろう。

 

 

同意書に「全力で治療する」とあったにもかかわらず、

 

病院は治療どころか、さいたま市の検診だから、

 

全ての責任はさいたま市にあるとし、対応を拒否。

 

 

さいたま市に訴えると、

 

一応、対応するふりはしたが、

 

結局、何事もなく収めたかったのだろう。

 

 

訪問を拒否していたのに、

 

『謝罪したい』と嘘をついて、自宅に乗り込んできて、

 

謝罪どころか、

 

『全てお前が間違っている』と皆で叩きのめし、

 

 

 

その汚いやり口に激怒したこちらが

 

裁判も辞さないと言うと、

 

自分たちが調査すると宥め、

 

 

病院側のカルテの隠蔽工作が発覚してさえも、

 

調査しているとしつつ、引き伸ばし、引き伸ばし、

 

 

こちらが求める報告を一切せず、

 

一切の回答をせず、

 

 

「終了」を告げた。

 

 

年度が変わるので、前年度の件はここで終了と。

 

 

 

さいたま市の検診で起こった事故、

 

被害を訴えられ、報告を求められてるのに、

 

被害に対する救済もせず、

 

報告もせず、

 

ただ、病院を引き連れて、自宅に乗り込んできて、

 

 

「カルテにあるのだから病院が正しい(大嘘)。

 

全てお前が悪いのだから、訴えるな」

 

と脅しにきたと受け取られても仕方がないことをした。

 

 

これが、行政のすることだろうか。

 

市民の税金で行われることだろうか。

 

 

病院も行政も信じられない。

 

 

事故後、違う病院に行き、診察を受けたが、

 

事情を話すと、

 

病院に文句を言うような患者は来るなと言わんばかりの

 

冷たい対応をされた。

 

もう、二度と病院にも行きたくない。

 

病院は苦しむ人間を救う場所などではない。

 

 

 

昨年のあの悪夢の検診の日まで、

 

健康そのもので、

 

庭をたくさんの花で飾ることに一生懸命だった。

 

おいしいものを食べ歩いたり、

 

旅行に行ったり、

 

楽しい時間を過ごし、明るく毎日を過ごし、

 

 

 

一度しかない人生を楽しく過ごさなくては損だと、

 

そう考えていた。

 

 

だから、これから先も元気に過ごすために、

 

がん検診に行ったのに、それが悲劇の始まりだった。

 

 

今は、あの日の前に過ごしていたような楽しい日々は過ごせない。

 

あの日を境に、楽しいガーデニングすら辛い。

 

おいしいものを食べるほどに、痛みが走る。

 

旅行もレジャーも楽しめない。

 

 

痛い、苦しい、と感じるほどに、

 

私をここまで苦しめた、病院関係者や保健所の人間の顔か浮かび、

 

憎しみがわいてくる。

 

病院関係者と似た顔立ち、年齢の人間を見るだけで、

 

吐き気すら覚える。

 

 

こんな、憎しみに満ちた心で過ごす毎日は辛い。

 

何故、こんなに嫌な気分で、泣きながら過ごさなくてはならないのか。

 

 

私の心は病んでしまった。

 

それは体の痛みより、痛い。

 

起こった事故への直接の怒りより、

 

その後に傷つけられた心の痛みの方が遥かに大きい。

 

 

 

ここまで、傷つける必要が、彼らにはあったのか。

 

 

「さいたま市の検診」の看板を傷つけないために、

 

何事もなかったことにしたかったのか。

 

訴えた私の口を封じたかったのか。

 

 

もう、誰も信じられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このブログは、さいたま市の検診で起こった事故を通して、私が見聞きした事実、感じた怒り、苦しみ、推測などを書き綴るものです。
誤解や勘違いなど、事実と異なる点があるかもしれません。

 

 

 

 

冨田病院

先日、ドラマで、美容整形を行った女性が、

 

医療ミスにより、人生を狂わされ、犯罪者になってしまった話を

 

やっていた。

 

 

現実の自分と重ねて、とてもいたたまれない気持ちになった。

 

 

ドラマの中で、整形を行ったクリニックはミスを認めず、

 

無責任かつ、高圧的な態度で、患者に責任を押し付け、

 

治療を拒否。

 

元々、100万円も支払った手術だったのに、

 

元通りに治したいのなら、さらに200万払えという。

 

これをきっかけに、女性の人生は滅茶苦茶になってしまった。

 

 

私の場合は、たった1000円の自己負担での、がん検診。

 

費用の大半は市民の血税で負担された。

 

 

しかし、無責任な病院は

 

偶発症や後遺症などが起こったときには「全力で治療する」と

 

同意書に書いておきながら、治療をしようとはせず、

 

さいたま市の検診だから」と

 

さいたま市に問題を丸投げし、全く取り合おうとしなかった。

 

 

例のドラマの場合は美容整形であり、もしかしたら、

 

何事か起こっても自己責任で

 

みたいな文言をこっそり入れた同意書があったのかもしれないが

 

それにしても、事前の危険性の説明の不足や

 

ミスを起こすような手術の未熟さ、その後の非人間的な対応は目に余る。

 

 

私の場合のように、「全力で治療する」と書かれた同意書を


持っていてすら、病院がミスを認めなければ、

 

治療してもらえないのだから、

 

美容整形などでは、もっと難しいのかもしれない。

 

病院は責任逃れをし、治療を拒否し、

 

その病院に検診を依頼している医師会も、保健所も

 

病院に治療するように言うことすらできないという。

 

『さいたま市』という政令指定都市が行っているから安心というわけではなく、

 

さいたま市の検診だからこそ、病院はさいたま市により守られ、

 

逃げられたという方が正しいのかもしれないが。

 

 

 

私の場合も、そのドラマの女性の場合も、

 

結局は治療は自己負担。

 

大金がかかることになり・・・

 

いや、お金の問題なら、どうとでもなる。

 

それで元通りになるのなら。

 

 

ミスによって与えられた苦痛、悔しさ、

 

狂ってしまった人生・・・取り返しがつかない。

 

 

ドラマの女性は、クリニックの医師が赦せず、

 

殺そうとするが、やはり、そういう厚顔無恥な人間には
 

傷一つつけられない。

 

利害には敏く、鈍感力の高い医師の

 

人の心の痛み、恨みを感じることすらない。

 

激しい怨嗟のまなざしを向けられても。

 

 

女性は仕方なく、医師の子供を誘拐し、殺そうとする。

 

いくら、鈍感力の高い医師でも、人の親であれば、

 

子供の死に少しは心を痛めることがあるかもしれない。

 

そうでもしなければ、自分の痛みや苦しみを、

 

医師に理解させることなどできないと考えたのだろう。

 

 

 

手段はともかく、私はこのドラマの女性に深く共感してしまった。

 

 

子供が欲しいのに、子供を生めない体になってしまった女性は

 

やはり子供を殺すことなどできず、共に楽しく遊んだだけで、

 

無事に帰した。

 

 

しかし、医師は、何故、こんなことになったのか、

 

この事態を招いたのが誰か、全く理解しようともせず、

 

最後まで、高慢な態度で

 

「自分は悪くない。法律に触れるようなことをしていない」と

 

嘯いた。

 

 

女性に謝罪し、今後の治療に力を貸すべきだ

 

という刑事の諭すような言葉も、医師の心には響かない。

 

 

このドラマの刑事の言葉を、

 

保健所や医師会の人達が、病院に言ってくれていたら、

 

事態は少しは変わったのだろうか。

 

さいたま市は検診を病院に依頼し、金を出す側。

 

大宮医師会は検診を行う病院を指定する立場。

 

 

きちんとマニュアルに沿って検診を行わず、

 

杜撰の一言に尽きる体制でミスにミスを重ね、

 

事か起こった時に、謝罪もしなければ、治療もしない。

 

全て正しいことをしたと嘯いて、

 

カルテの隠蔽工作まで行うような病院には

 

大事な市民の血税を大量に投じて行う検診を任せることができないと。

 

 

 

ドラマの中には、人の心をもった刑事がいたけれども、

 

現実のさいたま市には、

 

がん検診の利害まみれで、市民の1人1人の健康などどうでも良い

 

役人と医療関係者しかいなかったようだ。

 

 


 

一年たっても、働くどころか、自由に外出もままならない

 

私の痛み、苦しみを

 

私の家族が間接的に蒙った被害を悔しさを

 

『がん検診』の利益の前に、人の痛みに鈍感な彼らに分からせるためには

 

ドラマの女性ではないが、本当に家族を狙うしかないのではないかと思ってしまう。

 

 

いくら平気で人を踏みにじる彼らでも、

 

自分の大事な家族が傷つけば、

 

私や私の大事な家族が、どれほど苦しんでいるか理解できるのではないかと。

 

 

もちろん、できるばすもないが、

 

自分達家族だけが、人生を狂わされ、苦しむのは不公平だと・・

 

考えてしまうのは、人として当然の心の動きではないだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このブログは、さいたま市の検診で起こった事故を通して、私が見聞きした事実、感じた怒り、苦しみ、推測などを書き綴るものです。
誤解や勘違いなど、事実と異なる点があるかもしれません。

 

 

 

 

冨田病院