故郷の 便り大根の ほろ苦さ   花月


      


今朝はいつも通り ラジオ体操をしてコーヒー飲んで

玄関を開けたとたんに 慌ただしく電話が鳴りました

「や~ 富さん元気で居るか・・・・・ いや~ 実はね」

仲の良い 中学時代の仲間の訃を知らせる電話でした


この人は 津軽三味線と民謡の先生をしていまして

沢山のお弟子さんを 育て舞台に送り出していました

お孫さんに民謡を仕込んで こきりこ節を歌った時の 

嬉しそうな顔が 今でも今でも 目に浮かびます


  木に登り 無花果喰らいし 友が逝く 
   花月


      



クラスの人気者で いつも輪の真ん中で 皆に笑いを

振りまいて 楽しい友人でした  ガッカリですね~

   
      


今はただ ご苦労様でした  安らかにお休みなさいと

言うだけしか有りません  (合掌)


  私のブログに おいで頂いて 有難うございました

   又のおいでを  お待ちしております  (感謝)



(PS) 前回の 遺書・・・・についての考察です!!

一九九九・四・二〇と有りますが その頃西暦を使う

筈が有りません  これはカモフラージュしているの

だと思います  昭和十九年四月二十日を意味して

いると思われます  そして 宛先となる 友人及び

娘の名前が 明記して有りませんね

そして何より 本人の氏名が掛かれて無いのは

あまりにも不自然です  それは当時の私文書の

検閲を意識しての 事なのかも知れません・・・・・

戦時下の機密保護の一端を 垣間見た思いでした


       
  

どうも長々と お付き合い有難うございました

明日は 気楽に参りますので 宜しくね  ハイチャ