その日は4月の始め、桜もほとんど散ってしまった夜の事でした。
昼間の面会で妻の様態も変わり無く、少しホッとした気分と慣れない生活からの疲れで私は子供たちを義父の家に置いて一人家でビールを飲んでいました。
気晴らしに好きな音楽を聴いたりしていましたが、やはりこんな時の酒はあまり良いお酒ではありませんでした。
酔いが回るほどにあの日の嫌な想い出が甦ってきます。

それは、私が結婚して2年目の事でした。
私の父はガンに侵されてもう末期の状態でした。
その時には長女が生まれており、もう1つの命が妻のお腹の中にありました。
私の実家はかなり遠方なものでそう会いには行けなかったのですが、父に少しでも希望を持って貰いたくて、時間が有るときには電話して二人目の子供の話をしていました。
しかし、妊娠当初から妻がよく体の不調を訴えていました。
お腹がよく張ったり、体の調子が長女に比べると何か違うと・・・。
妊娠3ヶ月になるかどうかの事だったと思います。
定期検診に受診した妻に嫌な話が告げられました。
赤ちゃんの心音が聞こえません・・・残念ですが、流産しています。
妻から連絡を受けた時、私は妻に何と言ったのか今はよく覚えていません。
ただ妻が謝っていた様な気がします。
お医者さんの話では、あまり長くお腹に置いとくことは出来ないので明日の朝一に処置したいとの事でした。
私は妻に分かったと告げて電話を切りました。
それから、ほどなくして、また電話が鳴りました。
実家の兄からでした。
親父が危篤だから直ぐに帰って来てくれて‼
私は正直、どうしてよいのか分からなくなっていました。
父の元へ駆けつけたいのは山々ですが、流産し明日処置する妻をほっといて今直ぐ帰るとは私には言えませんでした。
兄に、事情を話し直ぐに帰れない事を告げました。
兄は分かったと言い電話を切りました。
後から聞いた話では私が来ないと聞いた父はかなり落胆してしまったとの事でした。
私は悩みました。
私はどうすることがいいのだろう?
今直ぐ帰れば最悪、父の死に目に間に合うかも知れない。
でも、傷付いた妻を一人にする事も出来ない。
取り敢えず、答えが出ないまま近くに住む姉に連絡しました。
姉に事情を話すと姉は私に残って妻の側に居てやりなさいと言いました。
私は実家に帰らない事を選び、妻に会いに行きました。
私が事情を妻に話すと妻は、私に直ぐに帰ってあげて‼とお願いしました。
私は情けない男です。
本当は帰りたかった。
でも帰るとは言えなかった。
妻はしんどい自分の事より私の事を心配していました。
「もし、あなたが私だったらお父さんの側に帰らないで自分の側にいて欲しいと思う?思わないでしょ‼私も一緒だから、私は一人で大丈夫だから直ぐに帰ってあげて‼」
その言葉で私は父の元に向かう決心が出来ました。
私は妻に「ありがとう」と「ゴメンな」と言い、直ぐに帰宅する準備をしました。
でも、その時間では田舎への飛行機のチケットは取れず、朝一の便が最速の交通手段でした。
姉も私と同じ便で田舎に向かう事にしました。
次の日の朝、家を出る前、飛行機に乗る前に親戚の叔母に連絡しました。
叔母の話では父は危篤状態だが、まだ頑張っているとの事でした。
私は、あの男なら、私の父ならきっと私が帰って来るまで待ってくれると信じていました。
田舎の空港までは1時間半で到着します。そこから車で1時間・・・何とか持ってくれ‼私は祈るような気持ちで飛行機に乗りました。
空港に着くと幼なじみの友達が事情を聞き付け迎えに来てくれていました。
私は彼の車に乗り、今空港に着いた事を叔母に電話しました。
すると叔母が・・・「もうゆっくり帰って来てもええよ」と言いました。
何を言っているのか私は理解するのに少し時間がかかりました。
私は間に合わなかったのです。
その事を私は姉の家族と幼なじみに伝えました。
皆、号泣しました。

私は、一体何なんでしょう。
傷付いた妻を置いてここまでき、結局目的を果たすことも出来ず、私がもっと早く決断出来たら、どちらか選んでいればこんな風にならなかった気がして、実の親と実の子を私は数時間遅れで無くしてしまい、どちらにも立ち会ってやることも出来なかった、本当に不甲斐ない男です。
私は神様を恨みました。
何故、私にこんな想いをさせるのかと‼
怒りと悲しみが溢れて来ました。
父の病院に着いた時には、父は冷たく蒼白く静かに横になっていました。
母に父の最後を聞くと父は最後に何かと戦っていた様だったと言っていました。
ひょっとしたら、父は私の子供も奪った何か悪しき者と戦ってくれたのかもしれません。
最後に父は勝った様な事を言っていたと聞き、私は勝手にそう解釈してしまっています。
それがほんの少しの救いにしたかったからかもしれません。

私は酔いが回っていたせいか、父が亡くなった事と子供が流産した事を想いだし泣いていました。

続く