働きアリの法則という有名な話があります。よく働くアリは2割、普通に働くアリは6割、サボるアリは2割、そしてこれは人間の組織にも当てはまるとの事です。会社の場合入社5年目くらいまでの若手が戦力にならない下の2割、中堅からベテランのほとんどが6割の普通社員、残りの2割が役員や部長、将来その役職に就きそうな中堅社員というところではないかと私は実体験上思います。ただ2割の人間がサボっているなんていうのは限定的な職種でしょう。パッと思いつくのは政治家くらいです。ともあれ、会社という組織は確かに上の2割の人が仕事の中身や方向性を決めるものです(…ダメな会社はダメな人が上役にいるからダメなんです)。新人の思いつきが通用するもしくは新人のアイデアに頼ってしまうとしたらその会社はあまり良い状態ではないでしょう。いま53歳の私自身の44歳までの会社員人生を振り返るとやはり6割の普通社員でした。それが面白くないから独立してアリの法則も何もない、自分で仕事を決めなくては生きていけない道を選びました。そう書くとなんだかカッコイイですが、要するに他人から指示されたくないだけです。私は気ままに気まぐれに働きたいんです。もちろんそれはいいかげんで非合法な仕事をしたいというのではなく、世間や時代の流れにとらわれず、時間やカレンダーなども関係なく自分のやり方を通して貫いてみたいということです。

 高市首相が裁量労働制を拡大すると言い出しています。やはり働いて働いて働くのは国民であって、ご自身は周囲を味方で固めて各種委員会で余裕をかますというわけです。庶民が楽チンな生活を送れるようにする事が政治ではないとは私も考えますが、議員数の削減なんてもはや何の話題にすらしないのに、庶民の給料の削減が目標であるのは明白な裁量労働制の拡大(物価高を超える賃上げとかよく言ったものです)、そんな選挙中は一言も言っていなかった事からまず取り組むという、それでも高い支持率の高市首相、日本国民はお人好しの集まりなのでしょうか。

 私はやはり選挙制度を見直すべきだと思います。衆議院議員の任期は3年に縮めて、基本的に衆議院参議院は同時選挙とし、首相が解散権を行使するハードルをかなり高くし、それでも任期途中で解散したらその選挙は議員数を2割減らす選挙にしてほしいです。そして国民においては社会や会社で中心的な世代、30歳から55歳は働いていれば無条件で1票が2票にカウントされ、またなんらかの方法で上級選挙民を選定し、彼らの1票は10票にカウントしたら良いと私は思うんですよね。そんなことは無理なのは承知ですが、あんな人(=ダメあるいは優秀)でも選挙では自分の票と同じ1票なんだよな、と感じたことはありませんか?私はあります。

 会社や組織を優秀な2割の人間が動かし、2割の人間はサボっているというアリの法則がまことしやかに言われる世の中、ならば選挙において全員が平等な1票であることが正しいのか、優秀ではない人間の意見を尊重し優先していたら会社はつぶれ組織は崩壊します。先般の衆議院選挙で自民党が大勝という結果になったとはいえ、全有権者からの得票率は30%程度と言われます。もしもその30%の人がアリの法則のサボる2割の人間ばかりだったとしたら、日本が良い方向に行くはずがないという想像がつきます。今の選挙制度で何ら問題はないという政治家はおそらく自分さえ選挙で当選すればよいという考えなのではないでしょうか。日本国憲法への挑戦になりますが、私は選挙において全有権者の票の重さが平等なのがベストとは考えません。