僕の少人数ヴォーカルアンサンブルのはじまりは、大学の時にはじめた「Vocal Ensemble 歌譜喜」でした。
メンバーと様々な経験を積みながら、僕自身さまざまな恩師の方々と出会い、色々なアンサンブルテクニックを勉強し、それをリハーサルに持ち込みながら頑張ってきました。
おかげさまで今年の四月に5回目の主催公演を終え、来年は八月にコンサートを予定しています。
それについては、また情報がまとまり次第お知らせします。
その活動で得たノウハウを活かして、男声合唱と女声合唱という「同声合唱」を極めた上で、活動を発展させていけば、面白いことが出来そう!?
と、立てた企画が
「男声アンサンブル八咫烏」
と
「女声アンサンブル八重桜」
です。
合唱団としてのサウンドを洗練させた上で、若い合唱指揮者の方とコラボレーションして演奏活動を行っていこう、と考えています。
来年の七月には今月留学生活を終え帰国された柳嶋耕太さんに指揮をお願いし、八重桜・八咫烏のジョイントコンサートを行います。
そんな八咫烏・八重桜ですが、どういう試行錯誤を経て発展してきたのか、まとめてみようと思います。
・まずは音律を勉強し、純正な音程を追求した
それぞれの団体で、まずは純正な響きを会得するため、純正調の理論の説明を一人一人マンツーマンで聞いていただきました。
それを踏まえた上で、以下のような基礎練を毎回のリハーサル冒頭に30分程度行いました。
純正調に必要な音程を一つ一つ練習
(大全音、小全音、自然半音、純正長3度、純正短3度、ピタゴラスの短3度、完全4度など、それぞれの展開形も)
コダーイ「333のソルフェージュ」など、ペンタトニックスケールの単旋律の練習(平行でハモったりバリエーションをつけた)
カノンを階名唱・歌詞で歌う
特にその調の主音を鳴らし続けながら旋律を歌うのは重要な練習だと思いました。
八咫烏も八重桜も一年以上かけて1st concertに臨みました。
・それなりにいい出来だったけれど、悔しかった1st concert
八咫烏も八重桜も練習しただけあってそれなりに良い出来でした。
でも僕はスヴァンホルムシンガーズやプロムジカのようなレベルで戦慄のデビューを果たしたかったので、正直悔しさが多かったです。
お客様の感想も、もちろんいいものが多かったですが、厳しいご感想をいただくことも多かったです。
特に純正調をみっちりやったのに「ハモってない」というような感想をいくつかいただき、マジか…と凹んだものです。
・俗に言う「ハモってる」は必ずしも音程の話ではない
いただいた感想の中には
「それぞれのパートはいい声なんだけど…」とか「一人一人はいい声だけど…」というような趣旨のものが多かったです。
アンサンブル全体としてのまとまりを感じられない演奏でした。
全体がブレンドする演奏でなければ、いくら音程を追求しても意味がないのかも…
そこで、2nd concertに向けて、まず先に立ち上げた八咫烏で、色々と試すことにしたのでした。
・フォルマントを統一する
突然ですが、みなさんは自分の声がどんな波形になるのか、見たことはありますでしょうか?
最近は非常に便利な世の中で、声をスペクトル分析して可視化してくれるアプリがたくさんあります。(無料で使えるものも!)
声について調べて見たところ
声帯で作られる音
→出している音が一番エネルギーが強く、その周波数の整数倍の倍音が徐々に減衰していく
なだらかな下り坂のような波形
で、その音が共鳴腔を通過する際に
→共鳴腔の形状によって増幅される周波数帯域、逆に減少する周波数帯域がある
→口の中の形状によって強調される倍音に違いがある
→様々な波形へと発展する
という感じだそうです。
波形に発生する波のピークを「フォルマント」と言いますが、
出している音→F0
波の二つめ→F1
波の三つめ→F2
波の四つめ→F3....
という具合で数えていくようです。
このうち、母音の判別に主に関わってくるのがF1、F2と言っている方が多く、そこを揃えてみようかな、と考えました。
・「え」をどう発音している?
「え」と一口に言っても細かく見れば様々な発音があります。
発音記号で言うと
[e]の時もあれば
[ɛ]の時もありますし
[æ]の時もあるかもしれないし
[ə]の時もある。
人によっては[œ]みたいな人もいるかもしれない。
これだけで五つの発音をあげましたがこれらの母音はみな波形が少しずつ違います。
これらの発音を同じ高さで全て鳴らしたとして、波形はピークがたくさんあるぐちゃぐちゃなものになるのでは、と考えました。
そういう波形はブレンドして聞こえず、ごちゃごちゃに聞こえるのでは、と仮説を立てて、みんなでフォルマント(特にF1とF2)を揃える=聴覚的に母音を完全に一致させるということを実践することにしたのです。
・結果は良好!しかしまだ考えるべきことも…
男声女声ともにかなり音のブレンド感が増し、格段にアンサンブルの精度が上がりました。
しかし、より高い精度を目指していく中で考えなければならない問題が出てきました。
・声帯の厚みとフォルマント同調
まず男声の場合は「声が硬くブレンドしない」というようなケースが多く出てきました。
それは、声帯が必要以上に厚かったり、強く閉じすぎたりして、声帯から生まれる倍音全体が強く鳴っているために「ビーッ」とした高周波の成分が強く、ブレンドしない現象でした。
よくオーケストラを越えるために3000Hz帯の周波数をしっかりと増幅させる「歌手のフォルマント」が大切と言われています。
ブレンドしない時はこの歌手のフォルマントを含む全ての周波数が強く鳴ってしまっている状態です。
共鳴によって歌手のフォルマントのあたりだけを増幅させられればブレンドするのかもしれませんが、例えばそれがうまく出来ているパヴァロッティのようなテノールが上手く合唱出来るかと言われれば、ちょっと微妙かと思います。
著名な団体の音源で、そのような声のテノールはあまりいないからです。
また、女声、特にクラシック音楽の女声歌手の発声で、ボリュームを生み出すものとして「フォルマント同調」という現象があります。
これは出している基音とF1の山を合わせるもので、倍音ではなく基音のエネルギーによってボリュームを出す技術?現象?です。
ファルセットというか、ヘッドボイスというか、音を高くしていく筋肉を優位に立たせて働かせる音域は声帯の原音そのものに含まれる倍音が少なく、ボリュームを出すことが難しいので、こういう技を使ってオケを越えるような声量を獲得します。
このテクニックは音域によって鳴りやすい母音が決まっているため、言葉の明瞭性はどうしても無くなります。
だからクラシックのソプラノやカウンターテナーには、何を言っているのか聞き取りづらい人が多いわけです。
それはそれで、声帯を縮ませる筋肉を結構高い音域まで働かせるポップスの歌唱との一つのスタイルの差なわけです。
しかし、このフォルマント同調は八咫烏と八重桜で新しく掲げた「F1、F2を一致させる」というコンセプトにはそぐわないものです。
八重桜のリハーサルをやっているうちに、fやffのセクションが出てきたり、ファルセット系の発声のまま低い方に降りてくるとどうしてもフォルマント同調に頼った発声にシフトしてしまうので、口を酸っぱくして「フォルマント同調しないで!」という風に伝えています。
まだどうしてもそちらに頼った発声をしてしまうシーンがありますが、たまに本当にいい音が鳴る、一つの和音だけで幸せを感じる瞬間が増えてきました。
・まとめると
今のところ、和音を構成する一つ一つの音で、いかにクリーンな波形を出すことが出来るか、というのがアンサンブルにおける発声で重要だと仮説を立てています。
男声は声帯の閉鎖を適切に、無駄に厚く強靭にしないこと
女声はフォルマント同調を使わずに母音の発音を保つこと
つまり、ボリュームはあまり出ません。
ブレンドする範囲のボリュームで、みんなでコントラストをつけて強弱を表現していくことが大切だと思います。
ソプラノは特にドラマティックに歌うことは出来ないです。
アルトは低い方で声帯に厚みを持たせていく(地声的にしていく)方向で発声をしていかないと、母音を決定付けるF1、F2の倍音まで弱くなってしまいます。
女声の方が今の時代のクラシックの常識?からは離れているので、アンサンブル向けの発声は音大で勉強した人ほど難しいかもしれない。
最近は発声を科学的に分析してくれる偉大な先人たちがたくさんいるので、少しずつオーケストラを越えるクラシック歌手の発声の秘密が解き明かされてきていると感じます。
それが明らかになってきているからこそ、僕は
「オケを越えるためのソロ発声とアンサンブルに必要な発声は異なる点が多い」
と感じます。
八咫烏、八重桜の活動、これからどんどん面白くなっていくと思うし、どんどん高いレベルに上っていけると思います。
この活動の中で、一つの「アンサンブル発声論」をまとめられればいいな、と思っています。
八重桜は来週コンサートをします。
言葉がわからなかったり、ブレンドせずに声楽家が重唱しているように聞こえたら「フォルマント同調しまくりじゃん!もっと頑張れや」とアンケートに書いてください。
ぜひ、多くの人に応援していただきたいプロジェクトです。
八重桜の演奏会、ぜひぜひお越しください!