ご無沙汰しております。
全くブログを書く気持ちになれませんでした。
というのも、年明け早々の1月7日に母が亡くなったからです。
寂しいとか悲しいという気持ちではなく、いろいろとやることが多くてバタバタしている、というのが本当なのですが・・・。
私は昨年の12月末で正社員の会社を退職し、現在は独立に向けて準備をしております。
私が正社員ではなくなるということは社会保険もなくなるので、扶養にしている主人も国民健康保険に加入させなければなりません。
特養にいる主人は定期的に医師の診断を受けていますので、保険証がないと困るわけです。
そのために会社から急ぎで社会保険喪失証明書を発行してもらい、年明け早々に神奈川の区役所に行って手続きをしなければならない。
よし、この日に行こう!と思って兵庫から神奈川に向かったのが1月7日でした。
その神奈川に向かう新幹線の中で、母のいる特養からの電話を受けたのです。
「本日朝にお母様の呼吸と心臓が止まっており、死亡を確認いたしました」と。
新幹線の中ですよ?
神奈川についたら区役所に行って主人の国保加入手続きをして加入証明書を持って特養に行って・・・というときですよ?
半ばパニックになりましたよ![]()
実はその前日に母のいる特養に行って、顔を見ているのです。
12月初旬に特養に移ってから食事ができなくなり、栄養補給の点滴も入らなくなり、ほとんど眠っていることが増えました。
年明け早々に特養から電話があり「状態が良くないのでなるべく面会に来る回数を増やして欲しい」と言われたのです。
そして母に会い、看護師からはっきりと「看取りの段階」だと言われ、同意書にサインをしました。
その翌日に亡くなったのです。
覚悟はしていましたし、前日に面会したときもずっと眠っていて、そのまま眠ったまま老衰で苦しまずに亡くなっているのでその点はすごく救いでした。
ですが遺体をそのまま兵庫の特養に置いておくわけにはいきません。
「新幹線で移動中なんです」と何度言っても特養から「遺体はどうされますか?葬儀はどこで行いますか?安置場所はどこですか?」と矢のような督促電話が入ります。
挙句に特養が半ば勝手に遺体の輸送業者に連絡をしたらしく、その業者からも「安置場所を教えてください、何時に特養に行けばいいですか?あなたはいつ来れますか?」と電話がくる状態。
「いや、移動中だってば!今さっき『亡くなった』と聞いたばっかりだし!」と新幹線のデッキで叫びましたよ、私は![]()
でも特養は遺体安置の場所ではない、早急に移動する必要があるのは理解できますので、急いでスマホで葬儀会社を探して問い合わせしました。
生前、母がよく「葬儀は家族だけでいい。お前と旦那さんと(母のきょうだいの一番上の)おばさんと、○○さん(母が生前から親しくしていた男性)だけ来てくれればいい」と言っていたので、家族葬にすることは決めていました。
しかし関係者は全て関東在住。
菩提寺も神奈川県。
私の都合で母を兵庫県に移してしまっていますが、兵庫で葬儀をするわけにはいきません。
まずは母の遺体を神奈川に搬送する。
その為に全国展開していて搬送と安置を受けてくれる葬儀社にしないといけない。
超特急で葬儀社を探し、遺体の搬送や安置場所、葬儀の場所などを決めました。
新幹線の中、降りてからの移動中、電車の中、タクシーの中、区役所の中、主人の特養の中、いたるところで電話しまくりです。
輸送業者は料金の振込が完了しないと出発しないとのことなので、すぐにネットバンキングで振込み、特養と連携。
何とかその日のうちに遺体を輸送してもらうことができました。
この時点で時刻は夕方。
あっという間に帰りの新幹線の時間です。
本当に怒涛の一日で、帰路の新幹線の中で「・・・私、今日なにか食べたっけ?」と思ったくらい。
食事もせずに対応していたことにやっと気が付くほどにバタバタでした。
思えばこの日が一番忙しかったのですが、この後も葬儀のことでやることは続くのです。
長くなるのでこの話の続きはまた後日にします。