その日は、突然訪れる。
寝ている時間が長くなり、食事も「もういらない。」と言って、あまり食べなくなった。なるべく早く会いに来てください。
との連絡を受けたのは2月15日(木)。
急いで長男と連絡をとり、日曜日にみんなでおじいちゃんのところに行くことに決めた。
その時は、まだ楽観視していた。今すぐではないだろうと心のどこかでみんな思っていた。
でも、おじいちゃんは私たちが駆け付けた時には、もう会話もできない状態だった。辛うじて息はしている。酸素を送ってもらっていた。しばらくして、最後の時。大きく息を吸って、そして途絶えた。目じりから涙がつーっと流れた。
おじいちゃん、長い間ご苦労様。
おじいちゃんの人生、どんなだったかはほとんど知らない。
冷たい嫁だったから、、、
最後の2年間は、施設で穏やかに暮らしていたようでそれだけは本当に良かった。
廣人のことが大好きだったおじいちゃん、
廣人のことを可愛がってくれて本当にありがとう。
カラオケが大好きだったおじいちゃん、
まきのじゅんこさんは元気にしているだろうか。
お酒が大好きだったおじいちゃん、
モロゾフのプリンカップがお気に入りだったね。
東洋水産のぶりの柵が大好きだったおじいちゃん、
お正月になると思い出すよ。
何にもしてあげなくて、ごめんなさい。
最後にお世話をしてくれた男の看護師さんが「みんな来てくれたね。さびしくないね。」って言ってくれてた。私が1月に持って行った写真盾と犬のぬいぐるみを傍らに置いてくれてた。
本当はもっと何かできていただろうに、ごめんなさい。
今更悔やんでも遅いね。
私は人としてなっていなかった。未熟だった、ごめんなさい。
火葬は伊豆の葬儀場で、家族だけで済ませた。
おじいちゃんは骨になったよ。
その後、妙蓮寺でお葬式。やっぱり家族だけで。
ご住職様は「小さな骨一つ一つにおじいさまの命が宿っているんですよ。しっかりご供養することが大切です。」と教えてくれた。
おじいちゃんの命にこれからもお参りしていかなくてはね。