旅も7カ月が過ぎました… | Freedom~20歳バックパッカー世界放浪記~

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旅に出てから7カ月が過ぎたんだ…





シエラレオネ産の1本2円くらいの安もんのタバコ吸って、真っ暗な外でボーっとして、街灯もないなかを、ぽつんぽつんって車が通りすぎるのを見て、こういう時間いいなって思った。













高校の物理の先生が言ってたことを思い出した。



”このお前らにあげた重要問題集、オレも全部今解いてるとこなんだよ。
ほら、こんなに問題集に間違いあんだぜ?ウィスキーとか飲みながら
やるとこういうのはな、はかどんだよ!”







オレは結局あの問題集は一問も解かなかった。
新品のまま捨てた。
そんなんだったから物理は0点とか2点とか、そんな点数取ってた。


























”人は何のために勉強するんですか?”











”受験のため?”









ストレートだね。間違ってはないとは思うよ。
受験っていう世界がある以上ね。将来一生使うことのないような分野とか、
将来外国に行った時にレストランで見つけた下手な英文和訳を馬鹿にして、
隣にいる友達に忠実な和訳をその場で示してあげるための英語力とか…
そんなことが受験の世界では多く問われてるような気がする。

でも指標となるものがないと、受験っていうシステムは成立しないわけだし、
だからそういうものは、なるべくしてできたんだろうけど…


















勿論、学問って深み的なものがあると思う。
世の中全てにおいての原理、現象、実態…
そういうものを知る上で、高校の時に学んだような全ての科目は意味があるもの
だと思う。
全ての基礎になっていくんだろうしね。
そういうものが研究の域に入っていって…
深みにはまっていって…

楽しいんだと思う。
何かを知ることって大事。
そういう欲は人を輝かせると思うから。




































”人は何のためにそんなに時間を割いて机上の勉強をするんですか??”
世界でどれだけの先生がこういう疑問をもつ生徒のことを納得させられるのかな。

















”この学問の深み、楽しさを教えたいからだよ!!!”

全然間違ってはないと思う。
でも、何ていうか、もっと根本的なところを聞きたいなって思う。












”何のために勉強をするのか”



チャート式の数学のコラムのとこに書いてあったことを思い出す。



”なんで数学を勉強するのか”





「人生に答えは一つじゃないんだよ。何をしてもいい。1つのことをとったって
何通りだって考えられる。でも数学は答えはいつも1つ。数学よりよっぽど
大変な人生を今後歩んでくんだから、答えが1つしかないような数学くらい
解けないと!今後の人生のための訓練だよ!」












感情論みたい。
理論的に見えるけど、あんまり理論的でない気がする。
でも、このときはこれが1番腑に落ちたような気がする。














生きてくのって大変だと思う。
そう感じる瞬間はあるよね。

何通りだって正解はある。だからこそ色んなことをかんがえなくちゃいけない。
全てのことに感情とかも絡んでくるし、何より全てのことに責任もついてくる。






恋愛の方がよっぽど数学より大変だって思うけどな…







今生きてる世界だってそう。
簡単で単純で、ただただ楽しいだけの日々もあるけど、大変な日だってあんだ。
数学を勉強してるときより、はるかに辛くて大変で、色々頭つかって考えて
やりくりしてかなきゃいけない時だってあんだ。










数学に関して抱いてた感情ってこんなかんじ。
他はよくわからない…他も同じだっていったらそれまでだけどね。
こんなかんじだったから…いや、単純に数学が好きだったから、いや、受験で
数学のウェイトが高かったから…、
オレは高校の時は数学はよく勉強してたな。
もうほとんどが忘れ去られてるんだろうけど…




































今オレは1年間ブレイクした世界にいる。
色んな人に迷惑をかけさせてもらいながらも、
多少語弊はあるかもだけど、あらゆることに対しての責任、影響とかが全部
自分だけに向くようにさせてもらった世界にいる。

でも、日本にいたときよりはるかに多くのことを考えてるし感じてる。

何も決めないこの1年間のなかで、自分の好きなことをしながら、でもいろんな
ことに目をむけて自分のありたい姿を模索してるんだ。


小→中→高→大学ってストレートにあがってきて、オレがずっと考えてきたこと
模索してきたこと、求めてきたことって、こういうブレイクした時間なんだ。




これが旅に出ることを決めた1つの理由、20歳という節目でやっておきたかったな
って考えてた1つの理由。



































この前、中島みゆきの「時代」を聴いた。



「時代」

”旅を続ける人々は   いつか故郷に出会う日を
例え今夜は倒れても  きっと信じてドアを出る。
例え今日は果てしもなく  冷たい雨が降っていても

巡る 巡るよ 時代は巡る   別れと出会いを繰り返し
今日は倒れた旅人たちも   生まれ変わって歩きだすよ”








なんか思うところがあって不覚にも泣いてしまった。
トルコで歩き続けてた日々とか、ガーナで自転車こぎ続けてた日々とか、
自分の慣れない環境での日々だとか…








いつも誰かと一緒にいた。
いろんな出会いがあったし、別れもあった。
オレは1カ国ずつすごい長く時間をかけるタイプだからというのもあるから
だろうけど、それなりに深くいろんなこと語れる友人、大切に思えて、そして大切に
思ってくれる友人ができた。






そんな出会いを繰り返しながら、なんとか今日までやってこれたんだと思う。
時折、故郷に帰れる日々とか、そんなことを夢みながら…

















人生を生きてくことって、こういうふうにして「さすらう」ことなんだと思う。

そして「さすらう」ことって生きてくことそのものだ。










自分の心の拠り所とする場所とか、自分の心の拠り所とする人のもとへ
帰れる日々を夢見て「さすらい」続けるんだ。
少しずつでも、決して止めることなく歩みを着実に進めていくんだ。















衣食住も満足にいかなかったことも多かったし、大変だとか、なんで旅なんか
してるんだろとか、もうやめたいなとか思ったこともあったけど、ちゃんと
ここまでやってこれて本当によかったと思ってる。
これまでの旅に後悔が特にないんだ。

まだ7カ月程度放浪してるだけだけど、なんか強くなれたような気がする。










旅人であってよかったなって思ってる。
旅人であらせてもらってることに感謝をするし、こういう貴重な時間をもたせて
もらってることにも感謝をしたい。












今日も最後まで読んでいただきどうもありがとうございました。