修道院とはキリスト教の修道士、修道女シスターの施設。シスターたちとは生涯を
かけて単身であり、清貧に信心深く生き、その地に暮らし、キリスト教の教えととも
にその地の人々に尽くし続ける人たちです。
1960年。今から50年以上も前になる。
初めて宣教クララ会のシスターがここシエラレオネの町を訪れたのは。
まだシエラレオネとして独立する前。イギリスの植民地であった。
当時は学校こそこの町にあったが男のみ。女の子のための学校はなかった。
”女の子は家事をするものだ。勉強はする必要がない。”
そういう考えがこの町全体に浸透していた。
そういった考え方を
”女の子も学校に行くものだ”
という方向にもっていったのがこの町で生活するシスターたちである。
人の考え方を変えていくということは一体どれだけ大変なことなのだろうか。
教育の大切さをこの多くの人に伝えていくのはどれだけ大変だったのだろうか。
今ではこの4万人も生活するこの町、ほぼ100%の人々が教育の大切さを
理解しているのだと言う。0%から100%へ…
”意識の改革”
「北風と太陽」の話は有名だと思う。北風と太陽がどちらが旅人の服を脱がせるこ
とができるか勝負をする話だ。力ずくの北風は旅人の服を脱がせることができな
い。力ずくになればなるほど旅人は頑なになり、上着を着込む。しかしそれに対し
て太陽は旅人の周囲を暖かくすることによって旅人の服を自然に脱がせる。旅人
は暑さを自分で感じて自ら服を脱ぎ、池に飛び込む。
宣教会のシスターたちは献身的に身を捧げ続けた。教育の大切さを訴えては、町
に住む何万という人たちを訪問し続けた。そして自分たち自らが勉強をし、資格を
とっては先生になったりして子供に教育を施し、成果を出してはまた新たな訪問を
行い、新たな生徒を集め続けた。
それも50年という歳月をかけて。
中には36年間、戦争で殺される寸前になりながらも生き延びて、なお献身的に身
を捧げ続けてこられた日本人のシスター根岸美智子さんもいる。
そうしたシスターたちの存在、活動があって、今この町に住む人々は自ら教育の機
会を求めるまでにいたっている。かつては女の子に教育など必要がないという考え
があったこの地の考え方が、女の子にも是非教育を受けさせようという考え方に変
わっていっている。そしてそれは強制によって生まれたものではなく、「北風と太陽」
の例のように、"太陽"というシスターたちによる献身的な活動を受けることによって
町の人自らの心に沸き起こってきたものなのである。
そんな姿に僕は"humanitarian"と"spiritual"の違いを見た気がした。
”援助”と聞いて大体想像するのは、食料、インフラ、社会開発、公衆衛生、医療…
そういうものは大体humanitarian(developmentの意味も含む )の分野なのだと思
う。でもシスターたちがしているのはそういうものとは違う。学校や施設を作ったり、
自らが資格をとって教師になったり看護師になったりして尽くすというシスターもい
るのでhumanitarian(development)な面ももちろんあるけれど、僕が感じたのは
"spiritual"なことだ。心に訴えかけていくようなもの。そして長い目で見て人の心を
よい方向へ変えていったりしていくもの。
メキシコ人の神父さんは言っていた。
「"spiritual"な面は、"humanitarian"な面を超えていくだろう」って。
物質的援助は生活に幅をもたらしてくれるものだろう。でも人の心までは変えられ
ない。どんなに学校を建てて優秀な先生を雇って、教育を受けることができる機会
を提供してみたところで、現地人が”教育を受けたくない”と言ってしまえばそれま
での話である。humanitarianな面だけでは人の心に踏み入ることができない。
シスターたちが50年間という歳月、献身的に身を捧げ続けていったからこその今
が、この町には確かに存在する。
”教育を自分の子にも受けさせよう”
現地人の考え方がこういうふうになってこその今がある。
シスターたちはこういうふうにしていっぱい種をまいた。人々の意識を変えていくの
と同時に子供たちに教育の機会を与えた。教育の成果によって、看護師、実業家、
修道士、国の機関で働くもの、国連の機関で働く者もこの田舎町から出てきた。
ディアスポラ(離散)というかたちで国に帰って来ず、国外に出て行ってしまうもの
も多くそれは問題だけど、この土地に帰ってきてこの町のために尽くすものもいる。
芽を出すのは少数かもしれないけど、それでも確実に芽を出している。
シスターの活動は時に忍耐が必要なものだと思う。シエラレオネという国は日本と
一番正反対だといっても過言ではないだろうと思うから。彼らの原始的な生活、価
値観は時として辛い。それは、たった2ヶ月間だけれど生活してきて僕自身が感じ
てきたことでもある。そんななかでも”愛”をこうして与え続ける。こんなこと”愛”が
深い人間でなければ到底続けられることではないだろうというのを身にしみて感じ
た。先生を僕がやらせてもらっていたとき、まじめでないシエラレオネ人の先生に
対して僕自身イライラを募らせていた。村でのボランティア生活をしていたときもシ
エラレオネ人に対していつもいつもイライラを募らせていた。怠惰なところだとか、
国民性だとかは以前の記事(「村での生活も1週間目…」)を読んでいただいでも
わかると思うが、先進国を生きる僕にとっては向き合うのがとても辛かった。
自分とは価値観の違う人間、時として納得のいかない価値観、人間性に対して正
面から向き合って愛を与え続ける。しかも生涯をかけて…
spiritualな面とはこういうこと。humanitarianな面ではとてもやりきれないことではと
思った。そして”愛”を感じ取った。シスターたちの活動に。
加えて思うのは、humanitarianによる援助は有限であるということ。食料はいつかは
尽きる。ものはいつかは廃れる。建物だっていつかは朽ちる。でもspiritualなものっ
て無限大だ。それは枯れることがない。人の意識を変えるっていうのはそういうこと
だ。人の意識のなかに何かをもたらす。その何かは人の意識の中に宿り続けるの
だろうし、そしてそれは自らが意識の中で大きくなっていくこともあるはずだ。
世界にはこんな活動をしている人がいる。自分の生きてきた便利な環境、生活を捨
ててまでこうして原始的な辺境地のようなところに来て献身的にそこに住む人に尽
くし続ける人たちがいる。それも生涯をかけて。今だって尽くし続けている。
世界にはそうして”愛”に生きる人がいる。
神父、シスター。宣教師という存在を知ったこと、こうして生活をさせていただいたこ
と、そのことは僕のなかに大きな何かをもたらしました。そして畏敬の念を覚えまし
た。みなさんにもそういう人たちが世界にいるということ、それを知ってもらいたくて
今回の記事を書きました。

(左はシエラレオネ人シスターアダムセ。右は日本人シスターの根岸美智子さん)
最後にもし興味がありましたら、リンクを貼っておくので見てみてください。
シスター根岸美智子さん
https://www.fesco.or.jp/winner/h23/232.php
「手を貸す運動」(シエラレオネのシスターたち、学校を支援している日本の団体)
http://tewokas.org
今日も最後まで読んでいただきどうもありがとうございました。
おわり。

