で、記念病院で毎朝、聞かれることがある
あなたの今いるところは?と聞かれる。
その答えは、記念病院だってわかっているのに
なんでか、それが、出てこない。
今から考えるに、脳の病気のさいたるところで
あ、その、あ、となり、看護師はさっさと
職場に戻っていく。
ぼくはマトモ!と思ってるから、がくん落ち込みも
半端ない。
そんなこと落ち込み考えながら、時間間隔もはっきり
せず、あやういながら、1日ベットにいる。
しかし自分ではわからない顔の変形など、病気ははっきり
している。やはり重病なんだ、そうじゃないか!
第1に歩けない!歩けないんだ!
わかった、頼むから家に帰らせてくれ!
猫も心配だ!
だから頼む家に帰してくれーーーー!と言っても
はん、気でも狂ったんじゃない、と思う。
危篤イコールすぐ帰る、は成り立たない。
ましてや頭の疾患であればなおさらのことである。
愚かなわたし。
作業療法士らしき人が来て、新しい場所に車いすで
連れっててくれてから、1週間くらい経っただろうか
わたしは退院した。まだその仕組みがはっきりしていない。
また新たな病院へ連れて行かれたのである。
つまり、脳出血などの病気は、生きていれば、救急病院(短い)→リハビリ病院(3ヶ月)退院か介護施設という流れになっている、私は知らなかった。逃げるのは?車いすから立ち上がることが難しいことが、さまざまな命を懸ける冒険を経験することより勝っていたから、それに怖かった。それと新しいとこにもー淡い期待をいていたから。それと疲れていた。そのころ体力に不安を抱えていたし、逃げようがなかった。脳の病気するということは、手づまりでつむ将棋のようだ。
私が2020年右片麻痺、失語症になって始めたオンライン・ギャラリーです。
猫の絵などの販売に限らず、さまざまな経験、情報、おしらせを記載しています。
