小さい頃は天真爛漫で
じぶんの感覚がすべてで
じぶんらしさなんて考えるまでもなく
じぶんで溢れていた。
歳を重ねるにつれてそれが歪んでいくのは
ある程度自然な流れだと思う
が
ひとつ。
今思えば
ダメだった時の対処法が
うまくわからなかったのかなと思うし
それを周りに伝えられなかった気がする
浮き沈みが激しくなって、沈んだ時
父によく怒られた
調子のいい時だけヘラヘラしている、と
それに対する正解がわからなくて
怒らせたくなくて
沈む=ダメ になって
沈んだ上にじぶんを責めるようになった。
沈む時も、じぶんだというのに。
でもそれに気づいたのが
今だなんて
んー
多分
理解していたし、識っていた
落とし込めていなくて
パズルのピースに出来ていないから
はめ込むことさえわからなかったんだな。
気をつけてるけど、沈む時があるから許してね
よくパートナーに言ってきた言葉だ。
沈んだらダメなんだもんね、
そりゃそう言うよね。
では、さて。
沈んだ時、ダメではないけど良くもない。
なるべく出したくない
出てしまった時
どう認めればいいんだろう。
沈むことが必要?その先に得られるもの?
なんかいまひとつだな
答えはまだわからないみたいだけど
沈むことに対して
余計に課していた重みは
打ち消せたんじゃないかな