先日、分身ロボット「オリヒメ」がテレビで紹介されていた。遠隔地にいる人が操作するロボット「オリヒメ」に対して、ロボットのそばにいる人が存在感を感じるそうである。開発当初、「オリヒメ」は人間の顔そっくりに作っていたそうだが、幼児が怖がって泣いたので、単純な目だけの顔に胴体と翼のような腕をつけただけのデザインに落ち着いたそうである。もし、外観を限りなく人間に近づけたならば、周りの人は本物の人間と思うだろう。そして、そのロボットの操作をAIにまかせたら、ロボットが、まわりの人から完全な人間として認識されるようになるだろう。あくまでも、チューリングテストのように、AIと人の応答の区別がつかなくなるところまで、AIが進歩したときのことであるが、近未来にそうなるだろうと思われる。人間とロボットの区別がつかなくなるという事態から、人間は自然が創りあげた、有機体の精巧な機械すなわちロボットではないかという結論が導かれる。近未来のロボットと人間を違いはなにか、それは人格があるかないかだと思う。しかし、人格も過去の経験の記憶の蓄積にすぎないので、それをAIに記憶させれば、区別がつかなくなる。人間とは、何か、未来に向かってどうなっていくのか。しっかり考えなけらばならない。