夏
血を吐くような 倦(もの)うさ、たゆけさ
今日の日も畑に陽は照り、麦に陽は照り
睡るがやうな悲しさに、み空をとほく
血を吐くような倦うさ、たゆけさ
空は燃え、畑はつづき
雲浮かび、眩しく光り
今日の日も陽は炎ゆる、地は睡る
血を吐くやうなせつなさに。
嵐のやうな心の歴史は
終焉(をは)つてしまつたもののやうに
そこから繰(たぐ)れる一つの緒(いとぐち)もないもののやうに
燃ゆる日の彼方に睡る。
私は残る、亡骸としてー
血を吐くやうなせつなさとかなしさ。
雨の日
通りに雨は降りしきり、
家々の腰板古い。
もろもろの愚弄の眼は淑やかとなり、
わたくしは、花弁の夢をみながら目を覚ます。
*
鳶色の古刀の鞘よ、
舌あまりの幼な友達、
おまへの額は四角張つてた。
わたしはおまへを思ひ出す。
*
鑢(やすり)の音よ、だみ声よ、
老い疲れたる胃袋よ、
雨の中にはとほく聞け、
やさしいやさしい唇を。
*
煉瓦の色の焦心(せうしん)の
見え匿れする雨の空。
賢(さか)しい少女(おとめ)の黒髪と、
慈父の首(こうべ)と懐かしい…
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人間の哀しみは何処から湧き出てくるのだろう
中也の詩を読むと、ふとそんな事を考えてしまう
ズタボロな心から
満身創痍の身体から
滲み出る様な哀しみ
孤独な心は無傷ではいられない
そう思わせる中原中也の詩