夢の中で見たのは、
母がたくさんの人と一緒に
テーブルについているシーン。
中心にいるのは、母。
そのまわりに、
同世代くらいの見知らぬ男女が座り、
なごやかに会食しています。
その中で、母はひとしきり饒舌です。
何を話していたのか、もはや覚えていませんが
まるでムクドリのように、みんなで
身を寄せ合って座っているのが印象的でした。
それを眺めている私もまた
あるテーブルについているのですが、
どうやら違う次元にいるらしく……。
まわりは、どうみても
仕事のミーティング風景。
だから、そばにいるのは仕事仲間。
母の姿は見えるのに、
異次元のせいか、直接話すことができません。
そんな中、スマホに着信が。
画面に現れたのは「母」の文字。
うれしすぎて、思わず操作ミスをし、
私はその電話を切ってしまいます。
でも、かけ直すとすぐに
電話に出てくれました。
私「元気?」
母「はぁ、元気にしてるよ。あんたこそ元気か?」
私「うん、元気よ。~~~~~」
※ここからいろいろ話したはずですが、
すっかり記憶から抜けています。。
覚えているのは、
母がハッキリと、こういったこと。
「遊ぶ道具がないの!」
施設に入ってから、母はよく「退屈だ」と
こぼしていました。
趣味の洋裁や読書をしようと思えば
できるように思うのですが、
気持ちに体がついていかないらしく、
それが時に母を情緒不安定にさせていました。
「遊ぶ道具がない」という言葉に
とっさにその頃のことを思い出し、
「どうすれば喜んでくれるかなあ…」
と考えを巡らせました。
同時に、これは夢だとわかっていたので
せっかくの母との会話を
楽しいものにしようと試みながら、
私はいつしか目を覚ましました。
他界後、母の元気そうな声を聞いたのは、
以前のブログ以来。
うれしかったのですが、「遊ぶ道具がない」
という言葉の意味はなんだったのか。
考えていて、あ、と気づきました。
その日が母の誕生日だったということに。
……と、いうことは!?
あのムクドリのように集まった
見知らぬ面々は、
母が地上に下りた日を祝っていた
彼の地の仲間?
そして、「遊ぶ道具がない」という言葉は
もしかして、プレゼントの催促か??
母らしさに、思わず吹き出してしまいました。
昔から、無邪気で
子どもみたいなところのある人なのです。
人は肉体の死を迎えても、魂の存在として、
地上に遺した大切な人のことを思っています。
地上にいたときよりも、
ずっと精妙に、おおらかに。
私たちが心で感じていることを
見通したうえで、必要なときには近づき、
その人らしい方法で
メッセージをくれたりします。
私たちはそれになかなか気づけないけれど、
時折、その存在に守られていることがわかると
がんばって生きていこう、
という気持ちになります。
今日は中秋の名月。
明日14日は満月。
夜空を眺め、
彼の地にいる大切な人に
ありがとうの気持ちを
向けてみてはいかがでしょう。
東京メトロ銀座線
「外苑前」駅から徒歩約3分
女性専用サロン「pinna,holistic life.」
現在、9月~10月の予約を受付中です。
セッション可能日は、
平日・土曜日の18時以降、
もしくは日曜の10:00~20:00の間
となります。
くわしくは以下よりお問い合わせください。

