小学生中学年くらいの女の子が
スマホを持って
高級レストランに来た。
少しおしゃれをして来るようなお客様もいる中で
しっかりはっきり話すには
「後でお母さんがお寿司屋からバスで来るので待ってていいですか」
もちろんok、こんなパターンもあんのねと。
しばらくしたら、若く髪色は赤めで清潔感はあり身なりは安いものを大事に着ているお母さんが来た。
ほんとうはコースは2人なら2人じゃないとダメだが、前来た時はやってくれましたよと、恐る恐るでも少しの攻撃的な強い、守りの感じがあった。
シェフに確認し提供許可が出た。
食事中の様子は
娘はしっかりと論理的に話し大人びている。
母が良いバランスで聞き役になっている。
食べ方は美しい。
母子家庭だと思った。
ひととおり終わった後、
娘が「また後でね!」と店を出て
母がスマホでシフトのようなカレンダーを見ている。明かにスマホゲームなど時間つぶしではない。
最後の提供時わたしは
「しっかりした娘さんですね」と
マニュアル外の
口が出てしまった。
親からしたら
一番報われるし
がんばっていることを肯定する言葉だと思った。
どんな苦労をしてきたかわからないし
安易だったかもしれないけど
素直に思ったし
わたしはできる時間内で
ねぎらいたかったんだろう。
「もうすぐ6年生になるんです、
わたしパートかけもちしてて、その空き時間だったんです、こんな注文の仕方でごめんなさい。」
いつも一緒にいれないぶん
愛する人と
美味しいものを一緒に食べる時間は
何事にも変えがたい。
そんな時間だったのかもしれない。
あの子は寂しさを割り切って
あの人の娘であることに誇りをもって
自分の好きなことをやり笑顔を保ち
間違いなく母を支えている。
どう動いたら一番母の元気につながるか
全てを察知し計算して動いていると思う。
会計時、
「え、こんなに少なくていいんですか」
確かに店側は気持ち多めに出し。
「わたしはちゃんと計算したので大丈夫です!」金額は盛るよう提案し盛ってもよかったかもだが、わたしは正直に割り出した。
母の目には涙があり、レジ前のクッキーを、気持ちとして買って何度も「すみません」と帰っていった。
わたしは一緒にいる時間の
言葉や間、笑顔や押し付けがましくない励ましで
がんばってる人ががんばっていけるように
なんかやれることは天明だと思う。生きてる感じがする。
ってか金稼いでも稼ぐだけだと
同じ自己満足でも質違うし
そういう心に響くのがないと
つまんない。
ただ怠惰な努力しない人は
労力が勿体無いので
マニュアル外のことを
別に何もやって差し上げないけど
本業ではないがバイトからは
生活のヒントや心理学、料理のスキル以外に
なかなかいいことを
教わるもんだ。
疲れるけど、人と触れ合う方が生きてると思う。
こういうキラキラが
わたしのライフワーク。
とても良い日だった。
で終わらせないように
ビジネスに繋げていきたい。笑
