最近、職場で知り合った人から、元夫の話を聞くことがある。
離婚して、もう15年になるという。
でも、今でも元夫と連絡を取っていて、たまに会うこともあるらしい。
その話を聞いたとき、私は少し不思議な気持ちになった。
その元夫は、昔からよく怒鳴る人だったという。
子どもに暴力を振るったこともあったそうだ。
だから今でも、仕事中に誰かが大きな声で怒鳴っていると、彼女は怯える。
身体がこわばるような反応をすることもあるという。
そして、もう一つ聞いた話がある。
離婚するとき、年金分割という制度があることは知っていたけれど、元夫が怖くて手続きできなかったという。
そのため、今も年金が少ないらしい。
現在は60代半ば。
少ない年金を補うためなのか、60代前半から年金を繰り上げて受給しているそうだ。
それなのに、今でも元夫から、
「NISAって知ってるか?」「なんでやらないんだ?」
などと言われるらしい。
私はその話を聞いて、
「NISAのことを言うより、そんなに心配ならお金を渡してあげればいいのに……」
と思ってしまった。
もちろん、これは私の勝手な感想だ。
元夫婦にしか分からない事情もあるだろう。
外から見ただけでは分からないことも、きっとたくさんある。
でも、どうしても私の中に残ったものがあった。
それが、
「どうして、今でも元夫と会うんだろう?」
という疑問だった。
私は、自分自身も元夫からよく怒鳴られていた。
嫌味を言われることもあった。
そして、何かあるたびに私が悪いように思わせられ、罪悪感を植え付けられていった。
だから、怖かった。
本当に怖かった。
でも、別居してから2年が経った頃、少しずつ変わっていった。
「もう、この人の言葉に支配されなくてもいいんじゃないか」
そう思えるようになった。
そして私は、離婚調停を起こした。
家庭裁判所には調停委員がいて、元夫と直接やり取りをしなくても話を進められた。
とはいっても、調停委員がいつも頼りになったわけではない。
前に話したことを何度も聞かれたり、
「ちゃんと話を聞いてもらえているのかな」
と思うこともあった。
それでも私は進んだ。
婚姻費用を請求した。
財産分与もした。
年金分割もした。
怖かったけれど、自分の人生に必要なことを、一つずつ取り戻していった。
だから、今回その人の話を聞いて、私は考えてしまった。
「私も同じように怖かったのに、どうして私は元夫との関係を終わらせたいと思ったんだろう?」
そして、
「どうして彼女は、今でも元夫とつながっているんだろう?」
と。
もしかしたら、答えは私には分からない。
怖い相手との関係を断ち切ることは、誰にとっても簡単なことではない。
長い年月を一緒に過ごした相手なら、恐怖だけではなく、情や習慣、子どものこと、いろいろな感情が絡み合っているのかもしれない。
離婚したからといって、心まで簡単に自由になれるわけではないのだと思う。
それでも私は、自分の経験を思い返していた。
あの頃の私は、確かに怖かった。
でも、2年かけて少しずつ恐怖から抜け出して、
「私は私の人生を生きていい」
と思えるようになった。
そして、自分の権利を自分で取りに行った。
今振り返ると、あれは単に「離婚した」ということではなかったのだと思う。
私は、長い間自分の中に染みついていた、
「私が悪い」「私が我慢しなければ」「怒らせないようにしなければ」
という感覚から、一つずつ抜け出していったのだ。
だから今、元夫の影響を受けずに、自分のお金のことも、自分の暮らしのことも、自分で考えられるようになった。
それは、私にとってとても大きなことだった。
今回、職場の人の話を聞いて感じた「違和感」。
最初は、
「どうして、今でも元夫と会うんだろう?」
という疑問だった。
でも、よく考えてみたら、その疑問をきっかけに、私は自分自身の過去を振り返っていた。
そして気づいた。
私は、ちゃんとあの場所から離れてきたんだ。
怖かったけれど、少しずつ前に進んできたんだ。
あの頃の私には、それがどれほど大きな一歩だったのか分からなかった。
今になって、やっと分かる。
「自分の人生を、自分の手に取り戻したんだ」と。
人がどんな選択をするのかは、その人にしか分からない。
だから、誰かの人生を簡単に判断することはできない。
ただ、もし今も誰かの言葉に怯えながら生きている人がいるのなら、
「怖くてもいい」
「すぐに全部変えなくてもいい」
「いつか、自分の人生を自分で決められる日が来る」
と伝えたい。
私自身が、そうだったから。
時間はかかった。
でも、私はそこから出ることができた。
そして今、私は自分の人生を生きている。