私が働いている市民センターには、警備員の責任者であるSさんがいる。
Sさんは、このセンターで長く働いている。
8年くらいになるらしく、以前のセンターのこともよく知っている。
だから、
「昔はこうだった」
「あの頃はこういうやり方だった」
という話をすることも多い。
長く働いているからこそ知っていることがある。
それは確かだと思う。
でも、今回の出来事で、
「ちょっと待って」
と思ったことがあった。
ある日、トールペイントの団体が貸し部屋を利用した。
その際、お客様が部屋の流し台で絵の具の道具を洗い、流し台を汚したまま帰ってしまったらしい。
それを見たSさんは、お客様を追いかけて、
「今後はここの流し台を使わないでください。トイレのSKを使ってください」
と伝えた。
Sさんがそう言った理由は、
「8年前はトールペイントや習字の団体も、トイレのSKを使っていたから」
というものだった。
でも、今の清掃員にとってSKは、掃除用具を洗ったり、タオルを漂白したりするために使っている場所。
そこに絵の具や墨汁などを流されれば、清掃作業にも影響が出る。
そこで清掃員の女性4人で話し合い、
「SKをお客様に使ってもらうのは困ります」
とSさんに伝えた。
清掃員Oさんも、
「私もSKを使ってほしくないです」
とはっきり言った。
そして、
「今はどこで洗ってもらうことになっているのか、支所に確認してください」
とお願いした。
Sさんも、
「わかりました。今度の定例会議で私から言います」
と言った。
だから私は、定例会議の日、Sさんがこの件を忘れないようにと、かなり気をつけていた。
その日は、私とYさんが清掃員として会議に出席していた。
そしてSさんの発言の番になった。
Sさんは、いくつか報告したあと、
「あー、それからなんだっけ?」
となった。
私は、
「トールペイントのお客様の件です」
と伝えた。
「あー、そうだった!」
そしてSさんが、その件を支所に報告した。
すると支所から、
「SKは使用はダメです。そもそもお客様には流し台を使ってもらうようになっています」
とはっきり説明された。
Sさんは、
「でも、8年前は違ってたんですよ」
と言った。
支所からは、
「そんなに汚して帰るようなお客様なら、警備員からきちんと声掛けしてください」
という話になった。
そこで私は、
「3階の流し台には粉クレンザーとスポンジがありますが、ぞうきんも置いて、お客様に拭いてもらえばいいですよね?」
と確認した。
支所からは、
「そうですね」
との回答。
これで、現在のルールがはっきりした。
お客様は貸し部屋の流し台を使う。
SKは使用しない。
流し台を汚した場合は、警備員が声を掛け、きちんと片付けてもらう。
これで一件落着。
……のはずだった。
ところが翌日、Sさんが、
「8年前はそうだったのに、支所はあんなことを言う」
「俺は間違ったことを言ったつもりはない」
と言っていた。
私は、
「Sさんが先走らずに、先に私たちに相談してほしかったです。相談しなかったSさんも悪いですよ」
と伝えた。
するとSさんは顔を赤くして、
「そんなことはない!」
と強く反応した。
さらに、
「前にいた清掃員のメンバーが悪い。ちゃんと引き継ぎしていないからだ!」
という話にまでなっていった。
でも、ここで私は、もう一つ気になったことがある。
Sさんは普段から、私たち清掃員に、
「報連相が大事です」
と強く言っている。
仕事では、何かあったら報告する。
分からないことは相談する。
必要なことは連絡する。
それが大事だと、普段から言っている。
そしてSさん自身も、
「センター長が何年かごとに変われば、その時その時でやり方も変わる。だから、こちらもその方針に従わなければいけない」
という話をしている。
それなら、今回こそ、
「8年前はSKだったけど、今はどうなんだろう?」
と確認する場面だったんじゃないだろうか。
8年前の記憶が間違っていたかどうかは、今回の本質ではない。
本当に8年前は、トールペイントや習字の団体がSKを使っていたのかもしれない。
でも、
「昔はそうだった」ことと、「今もそうする」ということは別の話だ。
ましてやSさん自身が、
「その時その時のやり方に従わなければいけない」
と言っているのだから。
だったら、
「以前はこうだったんですが、今はどうなっていますか?」
と確認すればいい。
それだけのことだったと思う。
そしてもう一つ。
「報連相が大事」と普段から言っているなら、責任者である自分自身も、まず報連相をすることが大切なんじゃないだろうか。
今回なら、
「トールペイントのお客様が流し台を汚して帰りました。以前はSKを使っていた記憶がありますが、現在はどう対応すればいいですか?」
と、最初に清掃員や支所に相談していればよかった。
そうすれば、
お客様に「SKを使ってください」と先に伝えることもなかった。
清掃員が、
「SKは困ります」
と反対することもなかった。
定例会議で改めて確認する必要もなかった。
そして何より、
「俺は間違ったことを言っていない」
という話にもならなかったのではないかと思う。
長く働いている人の経験は、もちろん大切だ。
昔のことを知っているからこそ、役に立つこともたくさんある。
でも、経験はあくまで判断材料の一つ。
現在のルールを確認することとは別だ。
そして、責任者であればなおさら、
自分の判断だけで進めるのではなく、
現場の人に相談する。
必要なら上に確認する。
現在の方針を確認してから動く。
それが大切なんじゃないかなと思う。
「報連相が大事」
「その時その時のやり方に従う」
そう言っているなら、
その言葉は、周りの人だけに求めるものではなく、
まず自分自身にも向けるものなんじゃないだろうか。