これは私が物心ついた頃から抱えていた疑問だった。


なぜ人は人をいじめるのだろう。


なぜ相手が傷つくことをわざわざするのだろう。


なぜそんなことが平気でできるのだろう。


長い間考え続けた。


本を読んだり、人の話を聞いたり、自分なりに考えたり。

それでも本当の意味ではわからなかった。


頭では理解できても、心の底から「そういうことだったのか」と腑に落ちることはなかった。


そして今。

ようやくわかった。


元夫との長い年月や、その後に出会ったさまざまな人たちを通して見えてきた。


いじめる人は、本当に強い人ではなかった。


むしろその逆だった。


自分の不安や怒りや寂しさを抱えきれず、それを他人にぶつけているだけだった。


最初は怒りが湧いた。


「なんだ、それだけのことだったのか」

「そんなことで人を傷つけていたのか」

と。


でも不思議なことに、その怒りはやがて別の感情に変わった。


哀れだな、と。


寂しい人なんだな、と。


そしてもうひとつ。

私はこんな人をずっと恐れていたのか、と。


そう思った瞬間、力が抜けた。

拍子抜けに近かった。


長年追いかけていた謎の答えが、ようやく見えた気がした。


今では、そういう人に出会っても怖いとは思わない。


ただ、

「めんどくさいな」

と思う。


変わろうとしない人は、なかなか変わらない。


だから人が離れていく。


そして一緒にいても心が通わない。


楽しくない。


こちらばかりが消耗する。


だから無理をして付き合う必要はないのだと思う。


友達や知り合いは、たくさんいなくてもいい。


一緒にいて心地よい人。


お互いを尊重できる人。


そんな人とだけ仲良くできれば十分だ。


そして最近、もうひとつ変化があった。


朝、小鳥の鳴き声を聞くと愛おしく感じる。


カラス🐦‍⬛もかわいい。


どこかの家のテレビアンテナに止まって、じっと景色を眺めている姿を見ると微笑ましい。


以前からそこにいたはずなのに、最近はそんな何気ない光景が目に入るようになった。


人は変わる。

いや、もしかしたら本来の自分に戻るのかもしれない。


長い間抱えていた疑問の答えが見つかった今、

私は朝の鳥の声を聞きながら、

ただ静かに思う。


今日も平和だな、と。