こんばんはー!マックです。


※この話は蓮キョ結婚後設定です。

熱中症によるキョーコ記憶喪失のお話し。

色々辛い展開でしたが最終回です。



皆様、どうぞ体調にお気をつけてお過ごしくださいませ。





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過去この場所で呼ばれていた名を再びその声に呼ばれ、蓮は呆然とした。


何故この時間にキョーコがここにいるのかとか、こんな暗いうちに外を出歩いていたら危ないとか。

そういう考えは全てどこかへ飛んでしまっていた。


一方のキョーコは、自分の口から漏れたその言葉に激しく戸惑いの表情を見せている。



お互いに動く事の出来ない距離と、会う事なく開いてしまった時間。



先に動いたのはキョーコの方だった。

川下へと向かって走り出す。

慌てて蓮も追いかけた。


「キョーコ、待って!」


いくらキョーコにも脚力があるとは言え、足場の悪い河原でブーツ。

ヒールは低くとも蓮のコンパスの長い脚に勝てるわけもなく、すぐに捕まった。


ぐっと手首を掴まれたキョーコはびくりと一瞬大きく体を震わす。

蓮もあの夜以降キョーコに触れていない事を思い出し手を離すべきかどうか迷ったが、キョーコが暴れる事無く足を止めてくれた為、そのまま手を離さなかった。



「今、俺の事「コーン」って―――記憶、戻ったの・・・?」

「・・・」


キョーコはその質問に対しては、声なく頭を小さく横に振る。


「でも、どうしてその名前・・・」

「・・・何だか、突然頭に浮かんで・・・」


この場所が、キョーコの記憶の中にも深く強く刻み込まれていたからだろうか。

記憶が戻ったわけではないのに自分の呼び名を思い出した事は、嬉しくもあり、そして記憶が戻らなかった事に身体の力が抜ける思いでもある。

小さく息を吐いた蓮にキョーコはゆっくりと振り向き、怯えた様子で問いかけた。


「敦賀さん・・・日中着かれる予定だったのでは・・・」

「ん?ああ、向こうを深夜に出発して、休憩入れずに来たからね。」

「えっ?それじゃ寝てないんですか・・・!?」

「うん、でも大丈夫だよ。」

「やだ!睡眠は大事なんですよ!?何でそんな事してるんですか、早く旅館に戻って寝てください・・・!」


自分を怖がっていた癖に、道中寝ずに来た事を告げた途端、自分の体調を急に心配し始めるキョーコの姿に、蓮はホッとした。



(ああ―――やっぱり・・・君は君だよ。どうしてもっと早く気が付けなかったんだろう・・・)



掴まれた手首に巻きつく大きな掌を引き剥がさずに、逆にその手をぐいぐいと引っ張って行こうとするキョーコ。

蓮はその手を静かに制すると、ゆっくりと声をかけた。


「心配してくれてありがとう、キョーコ。だけど、俺はどうしても今、君に聞いて欲しい事があるんだ。」


そうして手をゆっくりと離させると、キョーコの前に跪いて謝った。


「つ、敦賀さ・・・!?」

「本当に、申し訳ない事をした。キョーコの気持ちも考えずに、自分の気持ちばかり押し付けて・・・君はどんな事があっても「キョーコ」なのに・・・

それに、誤解させるような事もたくさんしてきた。本当に、いくら謝ったところでキョーコを傷付けた事に変わりはないよ。本当にごめん・・・」

「・・・」


手も頭も、ごつごつとした石の多い地に付ける。

水辺のそれはとても冷たく、蓮の手からは勿論の事、地面に近くなった額、頬からも急激に体温を奪っていく。

黙って蓮の言葉を聞いているキョーコがまだ逃げる気配を出していない事を感じ取ると、蓮はさらに言葉を続けた。


「本当に、どうしようもない奴だと思われたってわかってる。もう見限られたかもしれない・・・

でも、離れてみて分かったんだ。例え記憶を失くしていても、君が「キョーコ」であると言う事に代わりはないよ。どんな君でも、俺は愛したい・・・愛してる。

―――だから、どうか、また俺とやり直してほしい。お願いだ・・・・・」


自分が今どんなに格好悪い事をしているのか、それくらいは何となく理解している。

本当は日中きちんと頭を整理したうえで、きちんと言葉を選び、キョーコに誕生日プレゼントを渡しながらお願いをする気でいた。

働かない頭で紡ぎ出す言葉など、自分でも良く理解できない。


だけど、今この時を逃してしまうわけにはいかない。

一瞬でも自分との記憶を甦らせてくれたキョーコを、もう離したくはない。


ぎゅうと目を瞑り、キョーコの言葉を待つ。


キョーコは逃げるわけでもなく、だけど何かを言うわけでもなく、しばらくその場にいてくれていた。

逃げられない事だけでも、蓮は有難いと感じていた。




「―――あたまを、上げてください・・・」


どれくらいの時間が経ったのかはわからない。

冷えた右の甲に温かく柔らかなキョーコの手が重ねられ、蓮は目を開けた。

ゆっくりと顔を上げると、自分の目の前にキョーコがしゃがみこんでいる。


「・・・私で、本当にいいんですか・・・?記憶、いつ戻るかわからないんですよ・・・?」

「でも、どうしようもない俺にこうして優しくしてくれる。身体の心配だってしてくれた。君の優しい所は、ちっとも変わっていないよ。」


困ったように眉を下げるキョーコに、蓮は優しく微笑みかける。

それはあのバーカウンターに飾ってあった写真程ではないが、キョーコへの慈しみが溢れた温かい笑顔だった。

初めてその笑顔を見たキョーコはほわんと頬を染め、俯いてしまう。

その反応に、蓮は何かまた失言をしてしまったのかと慌てて声をかけた。


「違うんです。わたし・・・ひどい事言っちゃったから、もう嫌われたかなって思って・・・」

「嫌うなんて!そんな事絶対にないよ!!」

「あ、ありがとうございます・・・」


蓮の勢いある否定の言葉に思わずどもりながら答えるキョーコ。

そうして驚いたキョーコの顔に蓮が慌てて「ごめん・・・」とまた顔を下げると、キョーコはゆっくりと言葉を選んで喋り出した。


「記憶は・・・いつ戻るかわからないです。本当は、貴方とここに来たら何か思い出せるかなって考えてたから、だから、敦賀さんをここに呼んだんです。

でも・・・結局何も思い出せない。私は、記憶をなくす前の「キョーコ」にはなれません。貴方の知っている「キョーコ」じゃない・・・」

「そんな事ない・・・君は間違いなく「キョーコ」だよ。」


蓮の言葉に、キョーコの瞳にゆらりと涙の幕がうっすら張り始める。

蓮が頬に手を添えると、キョーコはそれにどう応えるか迷ったのか、再び下を向いてしまった。


「あの家を出てから色々と考えたんです。今の「私」が、貴方をどう思っているのか。好きなのか、嫌いなのか。

答えは―――多分、「好き」・・・なんです。だから、貴方が笑ってくれないのが辛かった。貴方が他の子に笑いかけてるのを見て、嫌だった・・・」

「キョーコ・・・」

「お願いです。敦賀さん・・・いえ、「久遠」さん。

貴方が愛した「キョーコ」と出会ったこの地で、恋愛からでもいいんです。私とやり直してもらえませんか?「私」を・・・見て、くださいませんか。」


泣き出しそうなのを堪えて真っ直ぐ蓮を見つめる瞳は、とても脆そうに見えて、でも凛としていてとても美しいと蓮は感じた。


涙を湛える大きな瞳が愛おしい。

小さく震える唇が愛おしい。



「自分」を見てと、初めて自分の気持ちをぶつけてくれたキョーコが愛おしい―――



蓮は自然とキョーコの唇に、そっと触れていた。


「・・・恋なんて、もうとっくにしてる。

可愛くて、優しくて。自分の事より俺の事を優先してくれる。少し臆病な所もあるけれど・・・あ、あと思い込みも激しいかな?気になる事があったらもっとどんどん聞いていいんだよ?」

「すっ、すみません・・・」


長所を褒めると恥ずかしがる所は、昔とちっとも変らない。

改善すべき点を挙げるとすぐ謝る所も、昔とちっとも変らない。


顔を赤くしたまま謝罪の言葉を述べるキョーコに、蓮は微笑みながら視線を合わせるよう顔を両手で優しく掬い上げた。


「いや、いいんだ。それも「キョーコ」なんだから。全部愛してるんだ。俺ももう過去に拘らないから・・・

だから、新しい夫婦の形を探していこう?

キョーコがキョーコらしくいられる、夫婦の形を探していこう・・・?」


ずっと堪えていたキョーコの涙が、蓮の言葉によって大きく見開かれた瞳からぽろりと零れ落ちる。

日が昇る前の澄んだ空気を切って落ちるその透明な雫はとても大きな粒で、蓮はキョーコが今まで溜めこんできた不安の大きさを改めて感じた。



(ああ―――キョーコが欲しかった言葉を、俺はやっとあげられたのかな・・・)



本当は、キョーコと二人で退院後について話したあの朝に、言ってあげられれば良かった。

不安を抱えている事を、もっと早くに気が付いてあげるべきだった。

もっとキョーコの気持ちを聞いてあげればよかった。


様々な後悔が蓮の心に押し寄せるが、総ては今だから理解できる事。

―――ここからまた、はじめていけばいい。




ぼろぼろと堰を切ったように涙を零して嗚咽を漏らすキョーコを、蓮は優しく抱き締めた。


「・・・っ、よろしく・・・お願いします・・・」

「うん・・・こちらこそよろしくね。」




いつの間にか辺りはだいぶ明るくなっていて、朝靄が枯れ木も、岩も。目に映る物すべての輪郭をぼやけさせて水彩のタッチのような風景に変える。
昇り始めた太陽の光でさえも靄で柔らかく温かなものに変わり、新しい夫婦の形を模索し始める二人を優しく包み込んでいた。











作品用拍手アイコン ←お付き合い、ありがとうございました。


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(この15分後、めっちゃ長いあとがき入りますけど・・・ちらっとでも読んでもらえると有難いです。

そういうのに興味ない!話しの記事だけ読むよ!と言う方は、どうぞ体調にお気をつけて夏をお過ごしくださいませ。)